2.私の素敵な家族と素敵じゃないお義兄さま
マリーと連れ立って家に帰ると、居間にお父様とお姉様が揃っている。テーブルには紅茶と焼菓子。きっと、朝からまったりしていたのだろう。二人とも性格がよく似ていて、一日中でもこうやって家の中でのんびりと過ごせるらしい。私には信じられないことだわ。
「お父様っお姉様っ! 夢みたいなこと起こりましたわぁっ!」
「ふふふ、騎士団の訓練見に行ったのね?」
優しく笑うのはリアーヌお姉様。私とは何もかも違い完璧なお姉様。お母様に似た可愛らしい顔立ち、守って差し上げたくなる小さくて華奢な体型、お父様に似た思慮深く穏やかな性格、上品で非の打ち所がない自慢のお姉様だ。それこそ、結婚するまで求婚者が絶えなかったとか。悲しいかな、私の方が五歳も年下なのにもかかわらず、いつも姉に見られてしまうのよね。
「ローザ、また見学に行ったのかい? あまり婚約者のいる女性が行くものではないのだよ?」
お父様の顔はとても怒っているように見えるけど、それほど怒っていない。お父様は眉と目が近く、鼻が高く、まつ毛もクルンと長い。遠くからでも父と分かる掘りの深い顔をしている。私の迫力のある顔は父に似てしまったのだ。父も私もぼうっとしているだけで怯えられてしまう。私なんか女の子なのに!
「お父様っ! それこそ、結婚してしまったらもう好き勝手出歩けなくなるわ」
「……君はほんと、ノーラに似ているねぇ。僕は心配だよ」
つまり、私は父の怖い顔と母の煩い性格を受け継いでしまったのだ!ノール王国のモテない女子の条件をことごとくクリアしている。とほほ。
「まぁまぁ、それで何が夢みたいだったの?」
お姉様が自分の隣をポンポンと叩いて私を見つめる。隣に座っていいのね!と、喜んでお姉様の隣に座ると、マリーがサッと紅茶を入れてくれた。それを一口飲んで喉を潤し、先程の奇跡のような感動を伝える為に口を開いた。
「ラーグ様の筋肉を間近で見られましたの! しかも、しかもラーグ様が付き合って欲しいと、攫ってやろうか?っておっしゃってくださいましたの! まるで、『騎士姫は夜の鷹の腕の中』のお話しみたいじゃありません!?」
「コホン、お嬢様」
あ、また喋りすぎたみたい。マリーが首を振っている。お姉様もお父様も慣れたもので、ちっとも気にしていないのに。
『騎士姫は夜の鷹の腕の中』は、私の一番お気に入りのアトラビの恋愛小説だ。何が素敵かって?
タイトル通り、ヒロインはお姫様で騎士なのよ!強くて勇敢なのよ!国の為に、親より年上の悪王に嫁ぐことになるのだけど、その嫁入り道中に盗賊の頭に攫われる。まぁ色々あって最終的には二人想い合うようになり、力を合わせて悪王を討ちハッピーエンド!実はその盗賊の頭は悪王に殺された、前の王様の子供だったって言うのも胸アツなのよね〜〜!
お父様にもお姉様にもその素晴らしさを何度も伝えている。
「ふふふ、いつもローザが教えてくれる彼ね? 素敵じゃない? いっそ攫っていただいたら?」
「こらこら、なにを言うんだい? ローザにはカール君がいるでしょう? それにラーグ君ってアトラビの人でしょう? お嫁に行ってしまうのは寂しいよ」
「あんな男、ローザお嬢様に相応しくありません!」
「ふふ、お姉様もお父様もマリーもあれはアトラビでは挨拶みたいなものです。本気にしたら痛い目に遭いますわよ! アトラビという国は愛に奔放なのです! お付き合いしても結婚せずに別れる人たちもいるのですのよ」
そう、ノール王国では、全ての初めてを結婚相手に捧げるのが美徳とされているが、アトラビでは相性というものを大切にしているらしい。
「あらまぁ、そうなったらお嫁に行けなくなっちゃうわねぇ?」
「ローザがお嫁に行けなくなったら嬉しいね」
「マークス様に殺されます」
マークス様というのはニ年前にお姉様と結婚してお義兄様となった方で、引く手数多なお姉様を手に入れる為に裏で色々手を回していた怖い人なのだ。
「マークは許してくれるわ。四人で仲良く暮らしましょう」
「ダメだよ? 婚約はカール君だけじゃなくて家同士の繋がりだからね」
「ひぃ!」
いつの間に現れたのか、お姉様を背後から抱きしめながら私を睨みつけてくるこの男こそ、マークス様だ。領地が近く幼馴染でもある彼は、昔からお姉様に可愛がられる私を目の敵にしている。彼はお姉様を独り占めしたいが為に、さっさと私を結婚させたいのだ。
「今日の夜会、カール君と行くんだろ? プレゼント届いて無いのか?」
「……無いわ。私、別にいらないもの」
「君達上手くいってないのか? 君は筋肉好きとかって公言しているくらい変わっているからな」
マークス様が呆れた目で私を見ている。確かに、ノール王国では筋肉のついた体型より、スラッとした王子様のような方が人気があるのよね……でも、騎士団に見学に来ているご令嬢もいるし、筋肉派も少なくないと思うのだけど、みんな口にしないだけで。
「マークス、意地悪言わないで。ローザは四歳の時にお母様が亡くなってから、私が育てたみたいなものなのよ? 天真爛漫なところだって可愛いじゃないの」
「お姉様ぁ……!!」
「……上手くいっていないとは思っていたが、夜会に出るのにプレゼント一つも無いとは……」
思っていたの!?隠せていると思っていたのに。
一般的に、夜会の日は婚約者の男性からアクセサリーやドレスが届く。それを身に纏い、二人の仲の良さを周囲にアピールするのだ。
「僕から、ハーランド伯爵に苦言を呈しておこうか?」
先程と大差ない顔に見えるけど、今のお父様はまぁまぁお怒りの顔をしている。お父様もお姉様も、私を可愛がってくださる優しい家族だ。困らせたくないし、恥ずかしい思いもさせたくない。
「大丈夫ですわ! 夜会で会えば話しますし、案外仲良くしていますのよ」
「お嬢様……」
マリーの物言いたげな眼差しにグッサグッサと心を刺されながら、私はにっこり微笑んだ。
作られた笑顔をガッチリと貼り付けて。




