1.素敵すぎる筋肉ダルマさま
晴れ渡った青空の下、
男達の「ぅおッ!」だの「ふんッ」だの低い声が響く騎士団の訓練場。武器を立てかけている後ろで私、ローザ・マイヤーは幸せに浸っていた。
みなさん筋肉はお好き?私は大好き!巷で流行りの細マッチョなんて駄目よ。殿方はやっぱりムキムキじゃなくっちゃ駄目!その逞しい体で悪者から守ってくださらないと駄目なのよ!18年間生きてきて、悪者なんか見たことないけど。
「お嬢様ッ早く帰りましょう〜! 見つかったらきっとお咎めですよぅ」
「大丈夫よ。マリー、見ているだけだもの」
私の後ろで怯えて顔を強張らせているのは、私専属の使用人マリー。乳母の娘で5歳の時からの付き合いだ。
「じゃあ、あちらで見学しているご令嬢達と一緒に見学しましょうよー」
「お馬鹿ッ! あんな遠くからじゃ、筋肉もしたたる汗も見えないでしょうがッ!」
「お嬢様っお顔は美しいのに〜変態ですぅ」
失礼な!何が変態なのか!自分に無いものに憧れるのは当然じゃない!私なんて胸や尻ばっかりデカくてこれっぽっちも美しくない。それに比べて、騎士様たちの体の美しいことったらないわ。まるで美術館に飾られている彫刻みたい。
あちらのご令嬢達の様に、顔の良し悪しや模擬戦の結果なんかには全く興味が沸かない。震える筋肉、飛び散る汗、あわよくば男臭いという香りも嗅いでみたい。
「ほら! マリーもご覧なさい! 私のオススメはラーグ様よ! あの腕なんかはち切れそうじゃない!」
「ラーグ様って異国の方ですよね? 確か友好国の騎士様ですよね?」
「そうよ! でも、あちらでは騎士ではなく、戦士と言うの。こちらの騎士団のことを学びに来ているそうよ! ラーグ様の他にも何人かアトラビの戦士がいらっしゃっているけれど、筋肉の見事さはラーグ様が一番よ!」
毎年、我がノール王国と隣のアトラビはお互いの騎士を数名交換している。
一年間その国の文化や武術を学ぶのだ。
「あの褐色の肌と緑の目が怖いですぅ」
「お馬鹿ッ! マリー、あの褐色の肌が素敵なのよ! あの褐色の肌を流れる汗、筋肉が描き出す陰影! 堪らないわぁ! アトラビの方はみんな、大柄で逞しくて惚れ惚れしちゃう!」
私はその時、マリーにいかに褐色の肌が筋肉と相性が良いかを伝えるのに夢中で気づかなかったのだ。背後に忍び寄る影に。マリーの怯えて泡を吹く顔に。
「では、俺と付き合ってくれ」
頭上から響く地鳴りのような声、ゴゴゴゴゴと空気が震えるようなその声に飛び上がって振り向くと、私を覗き込む緑の瞳があった。草木が芽吹くような煌めく緑だった。
「ラ、ラ、ラーグ様!」
「お前、名は?」
ラーグ様の顔をこんな間近で見たのは初めてだった。当然よね。ノール王国では婚約者では無い男女が二人きりで話しをするのは御法度だ。男性優位なこの国では、女性側がふしだらとされてしまう。
しかもいつも、ラーグ様の体ばかり見ていたのでお顔を拝見するのは初めてかもしれない。少し垂れ目の緑の瞳、眉は吊り上がっていて、気怠そうでいて強面。そして、何というか色気のあるお顔をされている。こちらの男性には珍しい長い髪はビターチョコレート色で、編み込んで後ろに流した髪が風に靡き、肌の色とあいまって黒獅子のよう。
「お、お嬢様は婚約者がいらっしゃいます!」
マリーがガタガタ震えながらも、私の前に出て手を必死に広げている。私より小さい彼女は、ラーグ様と比べるとまるで子供みたいに見える。
「喋れないのカ? 俺はコッチに聞いている。俺の言葉、分かるカ?」
ラーグ様が首を傾げて私を見る。ノール王国の言葉をきちんと話せているか不安なのだろう。涙目のマリーが可哀想で、私は彼女の手をそっと下ろさせた。スッとマリーの前に出る。近くで見る筋肉素敵だわ。腕なんて私の二回り?三回り?おっと、いけない。
『私は、ローザ・マイヤー。マイヤー伯爵家の次女ですわ! 素敵な申し出ありがとうございます。それが出来たら夢みたいですけど、私、婚約者がいますの』
『君はアトラビの言葉が話せるのか?』
『えぇ。独学なので、あまり自信はありませんが』
『いや、ほとんど完璧だ! 素晴らしい……』
ラーグ様の口角が上がる。男性にこんな風に優しく笑いかけられたのなんて初めてで、私の慎ましくない胸が高鳴った。
『ありがとうございます』
『どうして、婚約者がいると俺と付き合えない?』
『付き合うという文化はノール王国の貴族にはありません』
ラーグ様の目が大きく見開かれている。そうすると、幼く見えて可愛らしい。
『どんな男かも分からないのに嫁ぐのか? 一生愛せるのか?』
『アトラビ国では、自由恋愛ですものね! アトラビの恋物語はどれも素敵で、よく読みますの! 筋肉隆々の騎士に愛される令嬢のお話とか、筋肉隆々の盗賊に攫われるお姫様のお話とか! 好きすぎて言葉も文字も覚えましたのよ! それに、』
「ローザお嬢様ッ!!」
マリーの大声でハッと我に返る。やってしまった。私は、好きなことをお喋りする時に少し……いや、かなり夢中になってしまうことがあるのだ。ノール王国ではお喋りな女性は品がないと言われて忌避されている。私も、よくマリーに怒られているし、婚約者にも嫌な顔をされている。
『俺が攫ってやろうか?』
きゅんッ。
あぁ、これが胸の高鳴りというものね。あの逞しい胸板に飛び込めたらどんなに素敵かしらね。筋肉ってどんな感触かしら?ラーグ様の言葉を本気に取るほど、子供では無いけれど好意を寄せられているってことが純粋に嬉しい。
「なんて言っているのか分かりません! こちらの国の言葉もまともに喋れない方にお嬢様のお相手は無理ですっ! お嬢様ッ行きましょうッ!! 」
「お前ちがう」
「んまぁッ失礼です! あなたみたいな人にお嬢様は勿体無いですーーッ!!」
「まぁ! マリーったら! ラーグ様に失礼よ。お許しください。けれど、ここではそんな軽口を言う文化がありませんの。無闇に言ってはいけませんよ」
「この男はなんと言ったんですか!?」
まぁまぁとマリーを宥める。ラーグ様に向き直ると、片方の膝を曲げ、もう片方を後ろに引く。ノール王国の女性がする挨拶の一種だ。グイグイとマリーに腕を引かれながら、ラーグ様の体を目に焼きつける。やっぱり素敵だわ。背の高い私を、すっぽり包み込めるくらい大きな体、憧れのお姫さま抱っこも、彼にならお願い出来そうね。
婚約者さまでは絶対無理でしょうけど。




