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十八話︰正当な復讐の末、私は狂い死ぬ

 

 緊急性のない状況では、魔物は人を殺さない。

 むしろ人が死なないよう最大限に気をつかい、できるだけ長生きするように創意工夫を凝らしながら、ちょっとずつ肉を削いでいく傾向にある。


 俺の場合もその例に漏れず、すぐに頭を踏み潰されるということはなかった。

 潰されたのは掌だ。


「あ……、あぁぁ……!?……………あ゛あ゛あ゛あ゛!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああ!!」


 俺は叫んだ。

 取り繕いようもない金切り声が悲鳴として出てきた。

 想像していたものとは比べ物にならない死痛がそこにあった。


 絶叫する俺に対し、『人間の魔物』が取った行動は単純だ。俺の掌に足をかけ、体重をかけて踏み潰し、捻りを加えて細かく砕く。

 たったそれだけのことなのに、痛いのは掌だけであるはずなのに、弾けるような苦痛が脳を焼く。


 俺は自由落下で死にかけていて、一秒前まで悲鳴もあげられなかったはずなのに、悲鳴をあげられない俺を無理やり鳴かせるだけの理不尽で理解不能な圧倒的な痛覚がぐるぐるぐるぐる身体の中で────


「痛いでしょ」


 人間の魔物は泣き叫ぶ俺を見下ろし、薄く微笑み語り掛けてくる。

 屈託のない笑顔だった。


「僕の連れてきた魔物の半数は一つの魔法しか使えなくてね、呼気にガスを混ぜてそこらじゅうに撒き散らすって魔法なんだ」

「これを吸った人間はすごく死ににくくなって、その代わり不可逆的に苦痛を強く感じるようになる。ダアスは八〇〇万匹ぶんたっぷり吸ったから、息をするだけでも正気をたもてないくらい痛いはず」

「痛いよね。辛いよね」

「ガスの効果は生涯消えないから君もう一生そのままだよ」


 彼は俺の肋骨を蹴り飛ばす。

 何度も何度も蹴り飛ばされ転がり、そのたびに痛みで明滅する視界。

 喉は叫びすぎて張り裂けた。目を剥いて叫ぶ素振りだけを繰り返す。

 痛くてたまらなくて今すぐに死んでしまいたいのに死のうと俺は頑張っているのに痛みで身体がまともに動かない。びくびくと身体が痙攣する、ああ、自身の痙攣がこんなにも、痛い。


「おーい、聞こえてるー?まあ聞こえてるものとして話すけどさ、僕以外の魔物はみんな街のほうに向かったよ。ダアス以外の人間が雑魚ってことはよく知ってる。これでみんな皆殺しだね」

「これダアスのせいだよ?君せいでみんな死ぬ。苦しんで死ぬ。僕達が殺すけどこれはやっぱりダアスのせいだ」

「僕、自分の出自をよく知らなくてね、2日前、何もない原っぱに気づいたらミミズ達と一緒に立ってたのが最初の記憶。だから両親の顔もよく知らないけど、お母さんからのメッセージだけが、なぜだか頭に残ってたんだ」

「『人を殺せ』ってお願いと、この街の場所とダアスのこと。これまでも何度も魔物は送り込んできたのに、ダアスが邪魔するから街の人を殺せなくて、それでお母さんは怒って僕らを作ったみたい」

「だから、ほんとうに客観的な話、ダアスがいなければこんなことにはならなかったんだよ。街の人はみんな今の君と同じくらい苦しむことになるんだよ?こんな死に方あんまりだよ。罪悪感は感じないの?僕はよくわからないけど、こういう場合人として申し訳なく思うべきなんじゃないの?」

「ねぇ、はやく答えてよ。自分だけが苦しいと思うなよ?君は街のみんなに同じだけの苦しみを押し付けてるんだよ?被害者面するな、返事しろ」

「……………………はぁ、ごめんなさいの一言も言えないんだね。反省の色ゼロかゴミクズめ」


 激痛で意味のある声は出せなかった。

 彼は俺を擦り切ることに決めたらしい。

 踏みつけた掌を足の裏でぐりぐりと擦り、地面を使って俺を研ぐ。

 血が滲み、肉がほぐれ、砕けた骨の欠片が砂になり、地面に溶けるように混ざっていく。


 一八時間ほど経ってようやく右手が完璧に消えた。地面に染み付いた真っ赤な跡だけが、なくなった俺の一部分の残穢だった。

 間髪入れずに手首を踏みつけ、またもや足の裏でぐりぐりと擦る。手首がなくなったあとはにのうでの先端を潰す──そんな行為が延々と繰り返され、永い時間を経て右腕が付け根からなくなる。


 俺はいつまで経っても死ねなかった。

 それから一週間が経って、街が滅んで、運ばれてきたノンディアさんの死体を見せつけられ、両腕を喪って、残った左脚がなくなろうとしているときも、鮮明に意識が残り続けていた。一食すらとっていないのに死ぬことができなかった。

 痛みは微かにも慣れることはない。むしろどんどん強くなっていく。直接削られる神経の感覚が脳にこびりついて離れない。


 ごめんなさい、ごめんなさいと媚びへつらいながら、俺はずっと泣いていた。

 謝っていれば殺してくれるかもしれない、泣いていればいつか死ねるかもしれないと、心の中で嘯きながら。


 全部嘘である。


「あ゛あ゛ぁぁお前マジでふざけんなよ!?くたばれクソ野郎ォ!!」

「ぁあっ!?」


 腰を入れた渾身の右ストレートを『人間の魔物』の顎にぶち込んだ。

 奴は女の子みたいな高い声を出して地面に倒れる。怒りが収まらなかったので追撃でもう一発頬にぶち込む。

 急な暴力に尻もちをつきながら、「あっ……ぇ……?」なんて呆然と呟く青年の姿。

 こいつ今すぐぶっ殺してやろうかなと、俺は本気で思案する。


 どこからが嘘かと問われると、自由落下したところから全部嘘である。


 俺が現場の上空に到達し、魔物の群れを発見した際、『人間の魔物』は確かに俺に魔法を使った。奴の『魔力消失』は正常に機能し、俺の中の魔力を霧散させた。ここは嘘ではない。


 が、かき消されたのはほんの一部分。瞬間出力から察するに、『人間の魔物』の魔力量はどう高く見積ってもビティ一〇〇〇人ぶん程度だろう。ノンディアさんに大半の魔力を持って行かれていることを加味しても、奴と俺の間には万倍の差がある。汚水一滴で大海を穢そうとしているようなものだ。

 当然、『人間の魔物』が期待していたような『ぐへへ魔力を完全に消し去ってやったぜぇ……!リンチだぁ……!』という結果は得られない。

 俺はそのまま炎撃をぶちかまし、半径三キロほどを熱で包み、『人間の魔物』以外の一五〇〇万匹を纏めて消し飛ばした。


 つまり、その後のやり取りは全て嘘。『人間の魔物』の記憶をリアルタイムで改竄することで創り出してやった偽りの体験である。

 蟲の痛覚を増やす魔法だとか、魔物達の出自の話だとか、『人間の魔物』の加虐趣味だとかは彼の記憶から盗み見て再現した。


 『どうしてそんな面倒なことを?』『人間の魔物も炎で消し飛ばせば良かったのでは?』と問われれば、人間の魔物に見せる幻覚のリアリティを向上させるという目的がある。

 『どうして幻覚のクオリティを上げる必要が?』と問われたなら、『幻を楽しんでくれるほど敗北の現実を知ったときのダメージが大きくなるから』と答えさせて頂く。


 つまるところ、一〇〇%嫌がらせである。

 俺はこの魔物に心の底からブチ切れていた。


「あぁぁ……!何てことをやってくれたんだお前ぶっ殺すぞ!!魔物だからって何でもやっていいと思うなよ!?超えちゃいけないライン考えろよ!!」

「あっ……えっ……」


 わけもわからないといった様子でぷるぷる震える『人間の魔物』。

 この様子からすると、こいつはまだお仲間一五〇〇万匹がやられたことすら理解していないのだろう。

 つまり、今起こっている『これ』は彼の意図ではない。偶然起こっただけの事故によって、俺はかつてなく最悪の窮地に陥っていた。


 『人間の魔物』が俺の魔力を消し飛ばそうとしたとき、俺の魔力量はそれを跳ね除けた。

 だけどその一瞬、マイクロ秒以下の僅かな瞬間、俺の魔力は小さく揺らいだ。十全に正常な魔法の行使ができなくなり、あちこちに施している『記憶改竄』の支配が僅かに緩む期間があった。


 無論、そんな短期間で『改竄』が解除されるわけはない。

 俺は即座に魔力を掌握しすぐさま支配権を取り戻した。住民三万人の中で記憶を取り戻した人間は誰一人としていない。


 嘘である。

 刹那の隙に『改竄』を解除し全てを思い出した人間が一人だけいる。


「ひぃぃっ……!!やばいやばいやばいやばい……!!どうしよぉぉもう駄目だぁおしまいだぁぁぁ……!!」

「…………な……何を」


 『人間の魔物』が口を挟もうとした瞬間、地面が弾けた。

 三〇キロ先から放物線を描いて跳んできたとある物体が俺のすぐ後ろに着弾し、土煙を巻き上げ轟音を立てたのだ。


「あぁぁぁ!!あぁぁああぁ゛ぁああ来たぁ!!??」


 震え上がりながら振り返る。

 跳んできたのはノンディアさんである。


 野鳥からの報告によると、一度垂直に跳んで俺の居場所を目視で確認、六度の跳躍でここに到達。

 彼女が記憶を取り戻してから三〇キロ離れたここに辿り着くまで八〇秒。空気抵抗に潰される心配のない彼女であれば徒歩でも順当な速度だろう。


 ノンディアさんは静かな目で俺のことを見据えている。

 生ゴミでも見るような冷たい目だった。


「…………やっほーダアスちゃん。ダアスちゃんがいつの間にこんなところに居るかってのも気になるけど、まずは一個聞きたいことがあるんだ。正直に答えてほしいな」

「あぁ゛ぁああぁぁ゛ああ!?」


 ノンディアさんは喋りながらゆっくり歩いて近づいてくる。


「私さぁ、さっきまで記憶が狂ってたみたいなんだよね。ビティをいい子だって認識してた。あの子乱暴者ってことをきれいさっぱり忘れてたんだ」

「ぁぁああ゛あああああ!!?」


 そう、俺はついさっきまで彼女の記憶を弄っていた。


 そこから解き放たれた彼女は当然元の記憶を思い出し、当然『これまで偽りの記憶を植え付けられていたこと』を自覚する。


「それでさ。私がおかしくなったの、ダアスちゃんと握手した瞬間からなんだ。ダアスちゃんが私に何か仕込んだの?」

「ああああああああああああああああ!!」


 そうだ、ノンディアさんから見た俺は『勝手に脳内をいじくりまわし、己を望むように操ろうとした邪悪』。

 実際の俺は『妹2人だけのために街の人々を危機に陥れ、ノンディアさんまでもを自分勝手に操ろうとした邪悪』。


 彼女が持つ中途半端な情報から考えても、自己を客観的に振り返っても、俺は人間の屑である。

 それもノンディアさんもを操れるレベルの力を持つ危険な害獣となれば、彼女がとるべき対処は一つ。


 殺処分である。


「…………返事しないならYESと取るよ、ダアスちゃん」

「わ゛あ゛あ゛あああああああ!!」


 正義の味方が襲いかかってくる。


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