十六話︰計画通り
ノンディアさんの同情を誘う。
一見凡庸に見えるこの策について、今まで検討を後回しにしてきたのは理由がある。
同情案に必須となるのは『情報の共有』。
『ビティとチャックの体質』、『俺が妹と住民に行っている記憶の調整』。この二つについてノンディアさんに正確な情報を伝えなければ、『チャックが死んじゃうからビティのいじめ見逃しちゃお♡』という主張に持っていくことはできない。
つまり、事情を説明する段階で俺の所業を正確に認識される。
『俺はビティが俺をいじめやすい環境を整えるために住民三万人を洗脳してます!そのためにバカみたいな量の魔力を無駄使いしてます!これがなければ俺が自由に使える魔力は跳ね上がるのですが、街の皆さんの安全より妹達の命が最優先でぇす!』と言い放つようなものだ。
自身のことながら寝言としか思えない甘えきった思考回路。『いや駄目だろ。お前が負けたら住民全員が皆殺しにされるんだぞ?妹くらい見殺しにして全力で防衛にあたれ』とか言われたら俺は一切反論できない。
毎日魔物は攻めてくるし、死にそうになった経験も何度もある。
実際、大鷲の襲来時に一手でも選択を誤っていれば、間違いなく総人口三万纏めて魔物の腹の中だっただろう。そのときはチャックもビティも殺される。
だからこそ、事の裏側を秘密にしたまま諸々を解決するため、『ノンディアさんにいじめ肯定派に堕ちてもらう』という方向性で策を考えていたのだ。
が、結果は大失敗だ。一日を無意味に浪費しただけの現状、もはや手段を選り好みするだけの余裕はなく、だからといってまともなアイディアは何一つない。
詰みかけの糞みたいな状況の中、起こったのはノンディアさんとチャックの不意の邂逅。
ノンディアさんの失言リスクが最も高い初対面を無事乗り越え、三〇秒だけの会話しか経ていないというのにチャックの初期印象はかなり好感触という始末。
同情策に全てを託せるだけの好条件が一度に纏めてやってきたというわけである。この好機を逃すわけにはいかない。
残り時間はあと二日。その間にノンディアさんとチャックをできるだけ仲良くして、『おいおいおいビティのいじめを止めるとチャックが死んじゃうわけだけど本当にいいのかなぁ〜?』とノンディアさんを脅迫する。
ビティの性格は糞の一言だがチャックちゃんは純度百の善玉。ノンディアさんとの相性もいいだろう、極短期間の交流であっても好感度を稼ぎ切る勝算はある。
やるのだ。やってやる。
「ノンディアさん!昨日のあの子はビティによく似てるけど全くの別人、名前をチャックと言います!ご指摘のとおりめちゃくちゃいい子です!ノンディアさんとすごく仲良くなれると思うんですよね、そんなわけで合コンやりましょう合コン!」
「……………………だ、ダアスちゃん何考えてるの……!?なんで昨日会ったばかりのファンの子と私を仲良くしようとしてるの……!?」
「今晩やりましょう!チャックは俺が呼び出しておきます!会場は俺がセッティングしておくのでご心配なく!夜になったら迎えに来ます!」
「ま、待って……!?そもそも合コンって何……!?」
ノンディアさんの声を無視して外へ。
チャックの活動時間は夜間のみ。チャンスが今晩と明日の夜の二回しかない以上、合コンの成否を分けるのが下準備の有無であることは明白だ。
日中のうちに可能な限り手を打っておく。
遊びの経験が六歳より前にしかない俺であるが、経験値は記憶で埋められる。掌握している三万人の記憶から十代女性をピックアップし、遊び場についての情報を吸い上げる────と、流石は魔物討伐のボリューム層というべきか、街一番の高級レストランが今彼女らの間で大人気であるらしい。
「すいません今晩三名で予約をお願いします!!」
「…………申し訳ありませんお客様、本日は既に満席となっておりまし」
「千倍払います!!」
チップとして金貨の入った袋をぶちまけてやると、顔を蒼くした受付が店内へ引っ込み、数分後に戻ってきて特別に予約をねじ込むことを約束してくれた。やっぱり世の中金である。
別に店員の記憶を弄って予約を捏造しても構わないのだが、ノンディアさんに多量の魔力を割く今、魔法の無駄使いは可能な限り避けたい。
受付と二、三言会話を交わし細かな条件を伝え、お礼を言ってから店を出る。
会場は確保できた、チャックを誘うのは夜にならないと不可能。
となると、次に考えるべきは服装だろうか。ただでさえとんでもなく可愛いチャックだが、好印象を突き詰めるならルックスを調整するのが手っ取り早い。
ノンディアさんの過去の言動から好みのファッションを推定し、コーディネートの方向性を探────
「──────殺気!??」
唐突な、あまりにも唐突な殺意を感じて、俺は思わず身をすくめる。
常に三万人の記憶を弄っている俺であるが、二四時間全員の思考を隅から隅まで把握しているわけではない。街の防衛と魔力節約を両立させるため、常に視るのは大雑把な感情のみ。『街の人達はみんなリラックスしてて平和そうだな、街に異常はないみたいだな』程度の認識ということ。
そして現在、強い強い明瞭な殺意を前兆無く突発的に抱いたというリアルタイムの記憶が視えた。キチガイじみた感情の出処を探れば二〇メートル後方の人混みの中。
そいつは一瞬で行動に移す。
「死ねェ!!」
「ひっ!??」
放たれる『雷撃』を前に、慌てて俺も『雷撃』を使い、魔法のの操作を乗っ取り雷を途中で地面へ逸らす。
襲撃者は案の定ビティであった。
「………………あああぁぁあ!!?お前無能のくせに生意気なんだよちゃんと当たれえっ!!」
「えっ!?…………えっなんで!?」
俺は困惑する他なかった。
あまりに想定外な襲撃であった。
街なかで魔法を使い人を襲う凶悪犯罪者を前にして、あたりの人混みが悲鳴をあげて散っていく。
それだというのにビティは俺だけを見てぷんすかしている。普通に死刑に至る罪を大人数に目撃されているというのに、歯牙にもかけないというのはあまりにも異常事態。
いや、ビティがクレイジーなのはいつものことだが、明らかに怒りの進行度が想定より速い。
確かにノンディアさんが来てから俺をいじめさせる暇がなかったけれど、あれからまだ二日も経っていないのだ。
異常の原因を探るためビティの記憶を覗いてみる──と、どうやら先日のギルド本部での出来事を気にしているようである。別れ際にノンディアさんにいじめを咎められたあの一言から、『もしかしてこの先ずっとダアスをいじめるの邪魔されるのでは……?』と考えてしまって、それが怖くて追い詰められた結果暴走に至ったようである。
「……………………く、クソゴミがぁ……!性格悪いならせめて心は強く持てよ余計な仕事増やしやがって……!」
愚痴りたくもなるというものである。妹の癇癪のせいで極めて面倒な状況が出来上がってしまった。
今もそこらじゅうから悲鳴が飛んできている。街の人々はビティの殺人未遂を目撃した。噂が亀中に広まるまでそう時間はかからない。
いつもなら纏めて住民の記憶を消すだけの些事であるが、ノンディアさんの耳に入ればその瞬間詰みなのだ。彼女にこれ以上の記憶改竄を加えることは魔力の残量的に現実的でない。正義の味方ノンディアさんが凶悪犯罪者ビティをぶっとばす構図ができあがってしまう。
①三万人の記憶から今の殺人未遂を知っている者を検索、②そいつらの記憶消去、③代替となる記憶の入力、④目の前で怒り狂うビティを制圧、⑤合コン準備を再開。
これら全てを可能な限り迅速に行うしかない。
妹の癇癪により突如倍増したタスクを前に、目眩がするほどイライラしつつ、まずはビティを眠らせることに決める。
怒り散らかす妹に向け、まっすぐ『記憶改竄』の照準を合わせ────
「………………何やってるの?」
「ひっ!?」
俺はようやく後ろから近づいてきていたノンディアさんに気がついた。
「なっ、なんでここに!?お散歩ですか!?」
「…………いや、合コンのこと詳しく聞こうと思ってダアスちゃんのこと探してたんだよ。話も聞かずに急に家飛び出しちゃうからさ」
会話をしながらも、彼女は俺のほうを見ていなかった。
ノンディアさんはそれはそれは冷たい無表情で、ビティのことをじっと見ていた。
「………………ねぇきみ、今ダアスちゃんのこと殺そうとしたよね?外したみたいだけどちゃんと見てたよ?」
ノンディアさんは先程のビティの雷撃をしっかり目撃していたようである。
ビティは言葉を失い固まっている。
同時に、上空の野鳥が甲高く鳴いた。
街への魔物の接近情報を教えてくれる野鳥の記憶は、『大変だよ、大小合わせて一五〇〇万匹の魔物が街まで一心不乱に押し寄せてきているよ』と言っていた。
一日に現れた数としては、八年間の中でも最高記録である。