十二話︰邪悪な本性が露見する
『いきなり喋りだしたかと思ったら何言ってんだこいつ』と、俺の中でクエスチョンが浮かぶ。
ビティを知らないノンディアさんの困惑はそれ以上だろう。彼女の表情に明白な動揺が浮かぶ。
「………………ええと、その条件ならということは私の提案に不満な点があったんですよね?教えてください。あなた達が暮らしやすいよう、できる限りのことは譲歩するつもりです」
「いや、移住ってことは、私が誰かの『下』になるってことでしょ?論外だよね。今この街で一番偉いの私だから、私の意見は街の意見なの。街の総意として断りまーす」
「……………えっ…………す、すみません。確かに配慮が足りていない提案かもしれないです。でしたら近くに居を置いて同盟という形を」
「いや、そっちが提案してきたんだからそっちが『下』につくべきでしょ?とりあえずその国の全権ちょうだい?断ってもいいけどその場合その国侵略するから。私が魔法で無理やり制圧する。方角はお前が教えてくれたしね」
糞がまた糞なこと言い出した。
ビティはほんとうにどうしようもないやつなんだなぁと、俺はしみじみと再確認。
ノンディアさんは絶句している。
当たり前だ、『困ってるときはお互い様』『これから助け合っていこう』と提案したら何故か宣戦布告を受けたのだ。彼女の心情は察するに余りある。
その他パーティメンバー二人に目を向けるが、彼と彼女は突然の脅迫に驚きつつもビティを刺激しないよう黙っている御様子。何しに来たんだこいつら。
仕方がないので口を開く。
「………………あの、ビティさん?流石にそれは駄目ですって、この先力を借りていく人達なんだから無理やり言うこと聞かせてもいいことありませんよ。ここは同盟で我」
と、俺が異論を挟んだ瞬間、ビティから光がとんできた。
『雷撃』だ。
「ぁ゛ッ゛!?」
「へぇ〜!ダースは私に意見できるほど偉くなったんだぁ、知らなかったよぉ!おかしいなぁ私の記憶じゃお前は役立たずのゴミだったんだけどなぁ!?よーし多数決とってみよっか!」
地面に這いつくばり痛みに呻く俺をよそに、ビティが勢い良く手を上げる。
「ダースが無能だと思う奴はきょーしゅ!」
慌てて追いかけるように挙手するパーティメンバー二人。ハイ!ハイ!と仲良く声をあげる。なんなんだこいつら。
「はい、みんなお前のことゴミだと思ってるってさ!ゴミが難癖つけてきちゃいけないよな?罰ゲームだなぁこれは」
にんまりと笑ったビティの掌が激しく帯電する。
青白い雷撃を纏った腕が、とんでもない痛みを与える腕が、すぅと俺のほうに伸びてきて、俺は反射的に目を瞑り────
俺の頬へと触れる寸前で、何故かぴたりと動きが止まった。
目を開くと、ノンディアさんがビティの腕を強く掴んで引き止めていた。
「………………ねぇ、ビティっていつもこんなことしてるの?」
口調だけ見れば静かなものだった。
けれど、ビティの肩がはねた。傲慢不遜なビティが軽く慄くに足るほどの、静かな濃い怒気をはっきりと滲ませていた。
そう、ノンディアさんは明確に怒っていた。
「──────!!!」
俺は、思わず息を呑む。
こんなことは初めてだった。
これまでいじめを目撃してきた人々は、相手がビティであることを知ると皆見て見ぬふりをした。それどころか内外問わず俺の陰口を叩く者も現れだし、その数は年を跨ぐごとに、少しずつ少しずつ増えていった。
誰かが俺のために怒ってくれるということに、俺は全く慣れていなくて、うわぁ面倒くせぇとしみじみ思った。
「………………よーしもういい『全員眠れ』」
俺が手を叩くと、部屋の人間、パーティメンバー三人とノンディアさん全員の意識が瞬時に『落ちる』。
倒れた際に下手に怪我されても困るのでそのままの体勢をキープ。立ったままうつらうつらと船を漕ぐ四人の姿は中々にシュールである。
彼女らの状態を正確に言えば、『五感で知覚した情報』『現状の認識』『今この瞬間に行おうと考えている動作、思考』等々の刹那的な記憶をミリ秒間隔で奪われ続けているというもの。だから本来の睡眠とは違い、音や衝撃で目が覚める心配はゼロ。俺が意図して解除するまでは何日経っても放心したまま。安心して考え事にふけることができるわけである。
さて、どうしようか。
先程想った俺の内心、ノンディアさんの提案に喜んでいるというのは嘘である。
立派でかっこいい人だけど面倒くせぇなぁというのが本音である。
いや、『彼女らの国に移住させてもらえれば防衛が非常に楽になる』という部分に嘘はなく、普通に考えればめちゃくちゃありがたい申し出なのだ。
が、ひとつだけ馬鹿でかい問題が残っている。クソ女ことビティである。
困ったことに、ノンディアさんの今の反応とお聞きした話を併せて推し量れば、おそらくむこうの国の民度はかなり高い。
それでは駄目だ。人々にまともな正義感があっては困る。
今現在ビティがそこそこ平和な日々を送れているのは、いじめを見てみぬふりすることができる、この街の日和見文化に助けられているところが大きいのだから。
八年一緒にいた俺だからわかる。ビティは毎日他者を貶めないと生きていけない真性のゴミカスだ。
さっきのノンディアさんのように『いじめを許さない!』と言われるようなまともな環境に置かれれば、糞女は三日と持たず精神崩壊する。
回復魔法でも死者は戻らない。妹が首を吊るリスクは可能な限り排除しなくてはならないわけである。
というわけで、大きく分けて選択肢は二つだ。
①国に移住させてもらい、そのうえでいじめの隠蔽を強化する。
字面だけ見れば簡単そうだが、ビティは自身の趣味が邪悪だと認めないゆえ、影でコソコソいたぶるという手段はとらないだろう。白昼堂々いじめを成さねばならないとなると難易度はぐんと跳ね上がる。
そもそも俺が肉体的ダメージを負うのは回復魔法のゴミクソ燃費を考えれば論外だし、『みんなでダアスの悪口言い合って楽しいね!』という現在のいじめの方向性は維持するべきだろう。
結論として、俺は移住先の住民一五万人全員の記憶を操作する必要が出てくる。
『ダアスが罵られるのは当然のことだ』という認識を全員に植え付ければ、ビティの素行もそこまで問題にはならない。
彼女の暴力性が他の人々に向いた時は、当事者全員を眠らせて隔離すればいいだけなのだから。
問題は俺の脳みそである。
記憶改竄の魔力効率は極めて高く、魔力だけなら節約できそうだが、『誰の記憶を視るのか』『そいつはどんな記憶を持っているのか』『記憶のどの部分をどのように改竄するか』『どれくらいの魔力で改竄を維持するか』といった具合に、記憶の操作には最低限の処理能力が必要だ。
一人の記憶を一秒司るのに必要な思考力が、だいたい二桁の掛け算くらい。
現在俺が管理しているのは三万人だが、それでも常に前頭葉に嫌な疲労感がある。
これが来月から一八万人に増えますよと言われても、正直言ってやってられない。想像するだけで禿げ上がりそうだし、魔物討伐に発揮できるパフォーマンスは大きく落ちるだろう。
で、それを解決できるのが第二案。
②全部なかったことにする。
ノンディアさんの直近五時間の記憶を消去したうえで帰ってもらい、『残念ながら難民は見つかりませんでした』と『アリストロ』に報告してもらうだけでいい。
面倒ごとは何一つ発生せず、明日もそれなりの平穏がやってくる。
しかし現在街に発生している問題は何一つ解決せず、街の防衛力も据え置きとなってしまう。
選択肢①と選択肢②、どちらもメリットデメリットがあり、街の住民全員の生存率に大きく関わる選択だ。慎重に考えなければならない。
「うーん、確実なのは②案なんだけど、向こうの国の防衛力がわかんないのがなぁ……ノンディアさんの記憶覗けばわかるだろうけど目算ついてない以上プライ」
と、ちょうどその瞬間、ノンディアさんの肩がピクンと跳ねた。
どうやら目を覚したようである。
「バッあッッッッ!??!??」
何度でも言うが、記憶改竄による睡眠は自力では決して覚めることがない。
であれば彼女の目覚めは俺の魔法の操作ミスであるはず。慌てて再度彼女を眠らせにかかる。
が、駄目だ。何故かうんともすんともいわない。
ミリ秒の合間に四〇回ほど失敗を繰り返し、俺はようやく結論に辿り着く。
俺のやっていることにミスはないのに、いつもどおりにやっているのに、何故かノンディアさんの記憶に触れられないのだ。
「!?!??!??」
まずい、状況は全くわからかいがこれはまずい。彼女が目覚めてからすでに四ミリ秒が経過している。
このままでは立ったまま眠るビティ達の姿を目覚めたノンディアさんが目撃することになる。
わけがわからない混乱状態のまま、俺は三人の意識を戻す。
ノンディアさんを含む全員の意識がもとに戻る。彼女らは眠っている間のことを何一つ覚えていないはずである。
それはつまり、眠らせる直前の状況から連続した時を過ごしていると自認しているということ。
あまりの衝撃に忘れていたが、俺が全員の意識をふっとばす直前、ビティは俺を痛めつけようとして、ノンディアさんが腕を掴んでそれを止めたという状況だった。
ビティからすれば、『いじめをやろうとしたら邪魔された』、その瞬間で止まっていた時間が再び動き出したようなものである。
ビティは糞女。
自身の行動を非難してくる人間は、彼女にとっては粛清対象だ。
「────死ねッッッッッ!!!!」
制止する暇もなく、ビティがノンディアさんに雷撃を流し込む。
ノンディアさんの小さな身体に青白い火花が走り──しかし全く反応がない。
一秒前と全く変わらず、軽蔑の意を含んだ重たい目つきで、ビティをじっと見つめている。
「なっ……!?なんで効かな……っ!?」
「………………私の魔法は『ダメージの遮断』でね。私のダメージになりうるものは全自動で弾かれる。強さ速さに関係なくね」
「!?!?!?!!!?!??」
三つ目の「」は俺である。
みんなびっくりしていたけれど、間違いなく俺が一番驚いていた。
声も出ないとはこのことだ。頭がおかしくなりそうだった。
ノンディアさんは驚愕するビティの腕を放し、変わりに俺の手を握った。そのまま部屋の扉へと歩き出す。
混乱の極みにいる俺は、手を引かれるまま歩くのみである。
「…………君たちがどういう人間なのかはよーくわかった。この子をこれ以上いじめたら全員まとめて潰すから。移住の話はまた別の日にしよう。じゃあね」
ビティに吐き捨て、そのまま外へ。
ノンディアさんは俺の手を引きながら、街の中心部へと歩いていく。
「………………あ、あのっ、の、ノンディアさんっ?」
「ダアスちゃんはさ、今何歳?」
「ッッッッッ!?!??あははァ!!」
笑うしかないとはこのことだ。
ダアス『ちゃん』だと、当然のように彼女は言う。
俺は普段から周囲の人間の視覚情報を操って、俺の容姿を『三十路の冴えないおっさん』と偽っている。当然ノンディアさんにも出会った瞬間から同じ処置を行っていた。
それなのに俺の本来の容姿を認識しているということは、つまり、そういうことだ。
彼女の魔法『ダメージの遮断』は、俺の『記憶改竄』をダメージと認識し全自動で防いでいる。
ノンディアさんは俺からの『攻撃』に気づいてもいない。
はじめから俺の魔法は毛ほども通じていなかったのだ。
「あっあっあっひぃっ……!じ、一四歳ですぅ……!」
「そっかそっか。それじゃあ私が二つだけお姉さんだ」
聖母のように彼女は微笑んだ。
「心配しなくても大丈夫。私、凄くすっごく強いんだ。あいつらが何人がかりでやってきたって、私が君を守ってやる」
はにかむ彼女の天使のような姿を見た瞬間、俺は自身の認識が根本的に間違っていたことを知った。
訪問者は俺の想像よりずっといい人だった。
訪問者は俺の想像よりずっと強かった。
背が低いから舐めていた。この街に訪れたのは単なるメッセンジャーなどではない、彼女は正義のヒーローだった。
圧倒的な正義を前に、邪悪は打ち倒されるのみである。
このままではビティが殺される。