十一話︰下劣な訪問者
甲羅の上に街が建てられた山より大きい大亀────こんなゲテモノは他の何より目を引くのだろう。
野鳥からの報告によると、そいつはまっすぐ亀のほうに歩いてきているようだった。
その後も色々と観察を続けてみた結果、人間で間違いないようだったので危険性なしと判断。甲羅の縁にまで近づいたところで街の上まで引き上げさせた。
場所はギルド総本部。我らがビティ様率いる最強のパーティ、『リセプション』のメンバーがそいつの応対をすることになった。
現在ループは一日目。記憶はリセットをかけたばかり。
まだパーティから追放されていないタイミングであるため、当然俺も同席している。
そんなわけで現在、俺を含めた四人が鎮座する正面に、ゆらゆら元気のいい影が一つ。
そいつは背の低い女だった。歳は俺の実年齢より二つ下くらいだろうか。
「はじめまして!私、ノンディア=ドメスティカっていいます!皆さんにお会いできてとても嬉しいです、これから宜しくお願いします!」
「お、おぉぅ……はじめまして俺はダアスっていいます……」
あまりに元気な挨拶に軽く怯む俺。
ビティ達も同じ感想を抱いたようであり、それ以上に『亀の外からの訪問者』という未曾有の存在に困惑しているのだろう。
『どうすんだこれ』と相談するかのように互いに視線を交わすのみで、誰一人話を始めようとしない。
仕方がないので俺が動く。
『どういうテンションで話すのが正解なんだ……?』とか思いながら口を開く。
「…………あの、ノンディアさん?俺達あまり状況がよくわかっていないので説明して頂けるとありがたいんですが、貴女一体どこから来たんです……?」
「あぁすいません!えっと……あっちの方角に一五〇〇キロくらいの場所から来ました。ここに人が通り過ぎようとしてるのを知って、急いで走ってきた感じです。近づいてみたらこんな大きい亀が歩いててびっくりしました」
「いや距離を言われましても…………世界が滅んだの一八年前ですよね?この街は亀に乗って逃げながら生きながらえてたわけですが、貴女はそうじゃないでしょう。貴女は今までどこでどうやって生き延びてきたんですか?」
「そうじゃないんです!」
一際大きな声を出されて俺の肩がびくりと跳ねる。
彼女は心底嬉しそうに、目を輝かせ堂々叫ぶ。
「あっちの方角に国があるんです!世界は滅びてなんかいないんですよ!」
「────!??」
ノンディアさんは嬉々として彼女の現況を語りだす。
国の起こりは一八年前、世界に魔物が現れ始めた頃、ここらの周辺地域に住んでいた人々は防衛に向くひとつの城塞へと避難し籠城した。
相手は魔法とかいう謎の力を使い人間を執拗に殺しに来る謎生物。やはり相当な犠牲者が出たらしい。
それでも人々は抵抗を続け、隣国からの避難者も誰これ構わず受け入れ、バケモノと決死の戦いを繰り広げた結果、一年で魔法の技術開発がなんとか間に合ったそうだ。
住民の殆どが魔法を習得したことにより、比較的安全に魔物を撃退できるようになった。領土を少しずつ拡大していき、近年ようやく『国』と名乗れるレベルにまで復興したそうだ。
国の名前はアリストロ。
人口は一五万。一つの大きな都市を中心とする、自衛を誇りにする国である。
彼女の言い分を纏めるとそんな感じだ。
「…………す、すげぇ!嘘だろ、ひとつの都市に引き篭もったままバケモノども相手してたんですか!?魔法使えない時期それで乗り越えられるもんなの!?」
「そうだよ!すごいんだよ私の仲間たちは!みんなすごくて立派なやつらです!」
ふふんと胸を張るノンディア様に対し、俺はもう羨望の眼差しが止まらない。
口には出さないが、何より驚いたのは『魔法の技術開発』という部分だ。
あの謎エネルギーを理論立て誰にでも扱えるような技術として確立するなど信じられないほどの偉業である。
それができる高IQはこの街には一人として存在しなかった。
この街の住民は自力で魔法を使えない。
『魔物が魔法使ってるところ真似してみたらなんかできるようになった』という俺の馬鹿みたいな覚醒の後、『魔法を使う際の感覚』をこっそり『改竄』で共有することによって、後天的に魔法を習得させている。
ゆえに魔法に関しては、知性も理論も存在しない。
どういう原理で魔法が出てくるか、なぜ人によって扱える魔法に差があるのか、魔法を鍛える有効な方法はあるか、研究はいくつか行われていたが、どれも何一つ明らかになっていない。
当たり前のように使っている『魔力』というワードだって、『なんか魔法って使い過ぎたら出が悪くなるよな』、『人によって許容範囲違っぽいな』、『きっと人の中には不思議パワーがつめこまれてるんだ!』という脳カラ三段論法によって導き出された仮想概念。すべてがはっきりせずふわふわしている知性の欠片らもない状況だ。
理論を押さえられているということは、上記の疑問全てを解消するための足がかりを手に入れているということ。
向こうの国──『アリストロ』の魔法技術はこの街の数段先を行っていると言っていいだろう。
「────というわけで、私がここに来た理由は勧誘です。私達の国に移住しませんか?もちろん以前からの住民と同じ待遇で歓迎させて頂きますし、職業の斡旋も行います。最低限の衣食住を保証できるだけの余裕もあります」
「そ、そんなこと言っていいんですか!?慣れないうちはだいぶそちらに迷惑かけちゃうと思いますよ!?」
「『困ったときは助け合い』とのことです。街全体の総意なので何も気にしなくていいですよ」
「お、おおぉぉ……!」
気が触れそうなくらいの高揚感が俺の中を巡る。
自力で防衛できるレベルの国と協力できるならば、俺の仕事は極めて少なくなる。もはや魔力効率なんぞに頭を悩ませることもない。
住民の魔法精度悪化問題も、向こうの国でなら解決の目処が立つかもしれない。
願ったり叶ったりというまさかの提案に頭がくらくらして、思わず椅子の背もたれにへたり込んだ。
その時である。
「ん〜、その条件じゃだめ。断る」
突然口を開いたのは、ずっと黙っていたパーティメンバーの一人、我らが隊長ビティ伯爵であった。