腕は冷たいが心は熱い、そんな騎士の恋のしかた
「公爵閣下、私と結婚なさいませんこと? あの手の冷たい者よりも、私のほうが魅力だと思いませんか?」
眼の前の貴族令嬢は、私のそばにいたシルヴァン公爵の手を触れながら言った。
立席でのパーティの中でのその一言で、少し会場は静まった。
「ほら、私の手の方が温かいでしょう?」
私に対する当てつけだろうと、心底思った。
私の手は義手だ。それも両方とも、である。
私ことブリジットはこの国の兵の子である。
女性ではあるが、家業は戦うことであり、兵として民を守ること。剣を取るのは自然なことだった。
しかし、超大型モンスターの討伐作戦で、私は両腕を失った。
それでも、口に剣をくわえて戦い、仲間の協力もあって討ち取ることに成功した。
その時主に協力してくれた一人の魔法使いが、回復の術で出血を防いでいなければ、私自身が命を落としていたと、軍医からは言われた。
しかもその魔法使いは、モンスターの脚を氷の術で固めて動けなくした。
動かない相手など的だ。急所を突くのは容易かった。
礼を言いたかったが、いつの間にかその魔法使いは軍の中からいなくなっていた。ローブで顔を覆っていたから、男か女かも分からなかった。
しかし、私はその魔法使いに、正直言うと惚れてしまった。
淡々となす凄まじい魔法力にも、すかさずバックアップを的確にやる判断力にも、だ。
もし男なら結婚したいと心底思う。それは今でもだ。
私はその功績大とされ、『騎士』の爵位を得た。
だが、騎士の爵位と言っても、この腕では戦うことなど出来はしない。
今の私の手は、自身の魔法で動くガントレットだ。大雑把な動作こそ出来れど、細かい動作、それこそ爵位を得たゆえに必要になったテーブルマナーなど出来はしない。何しろ感覚がないのだ。
先程の貴族令嬢のセリフは、それを揶揄したものでもある。
先程、少し粗相をした。
渡されたグラスを落として割ってしまい、借りていた公爵の妹君のドレスを汚してしまったのだ。
しかし、ドレスは何度着ても慣れない。私には甲冑のほうが合っていると思う。
謝ったが公爵は静かなままだ。
怒っているなと、心底思った。爵位の剥奪くらいされてもしょうがないだろう。
そうなったらそうなったで下野してまた傭兵生活に戻ればいい。口で剣をくわえて戦うのも、悪くない。
しかし、手を侮辱されたことだけは許しがたかった。
「ドレスの件はお詫びいたします。確かに、私の手は冷たいでしょう。しかし、これは戦功によるもの。私は騎士です。戦で民のためにこうなったのならば、それは本望と言えます」
「野蛮ですこと。そのような方が何故公爵閣下のこのパーティに呼ばれたのか、まるで分かりませんわ」
それに関しては私も同意だ。
というか、今更ながらシルヴァン公爵のこのパーティに呼ばれた理由が皆目見当がつかないし、衣装の貸出までしてくれる-しかも無料で-など、ただの騎士に対してやたら待遇が良い。
それ故の嫉妬もあるのだろうと、私は思った。
「面倒だこと」
私は静かにそう言った。
「そうだな、面倒だ」
シルヴァン公爵が、静かにそう呟いたのを、私は聞き逃さなかった。
シルヴァン公爵が、指を一度鳴らすと、会場の扉が開き、執事が入ってきた。
若いが、恰幅のある執事が公爵の前にやってくる。
「この令嬢は自分に酔っているようだ。罰を下す」
「なっ!?」
パーティ会場はざわめいた。
令嬢が顔面蒼白になっていく。
「な、何故なのです、公爵閣下!?」
「貴様は私の大事な将来の妻を侮辱した。それだけで理由は十分だ」
すっと、シルヴァン公爵が手を前に出す。
すると、貴族令嬢の周囲にだけ、風が舞った。
その瞬間、貴族令嬢が震えだした。
間違いないと、私は感じた。
あれは、氷の魔法だ。氷の魔法であの令嬢の周囲の気温だけ冷やしている。あれほどピンポイントでできるなど、相当の鍛錬を積まなければ不可能だ。
しかしシルヴァン公爵が魔法使いだとは、私も知らなかった。
だいたい公爵などという偉い身分の人間が、魔法を習得する必要はない。魔法は戦闘や医療で使われることがほとんどだからだ。
シルヴァン公爵が手を引っ込めると、貴族令嬢の震えは止まった。
「貴様の身体はこれで心と同様に冷え切ったな。今この場で斬首されないだけありがたく思え。貴様の一族は我が家へは出禁だ。同時に、爵位の剥奪も追って指示する。つまみ出せ」
そう言うと、執事が令嬢を肩に担いで持っていった。
持っていかれた令嬢は、ただ、愕然とした表情をしていた。
しかし、将来の妻とははて誰のことなのだろう。
そう私が思った時、シルヴァン公爵が私の前に来て、頭を下げた。
「すまなかった。あのような無礼者が未だに我が領域に入ってくるとは思わなかったのだ。私の迂闊だ」
「い、いえ。そんな、私なんかに頭を下げないでください。私はただの騎士です。閣下は公爵でいらっしゃいます」
「いや、ブリジット嬢、貴女は私にとってかけがえのない存在なのだ。無礼があって頭の一つも下げずにいては私の気が収まらんのだ。それに、今回の主役は、貴女なのだから」
そう言うと、シルヴァン公爵は頭を上げ、私の義手を触れた。
驚いた。
まるで電撃が走ったかのように、手に感覚が感じられたのだ。
「え、こ、これは……!?」
「私は、貴女が腕を失った時から研究をしていた。まだもう少し研究は必要だと思うが、感覚を義手越しにでも感じることのできる回復の術だ」
回復の術、氷の術。
まさかと思った。
「もしや、あの魔法使いは……!?」
「ああ、私だ」
唖然としてしまった。周囲は状況を飲み込めないのか、ざわめいている。
「閣下は公爵という地位なのに、何故あのような危険な戦に?!」
「公爵だからだ。民を治めるものの一人として、民を守るために戦に参戦しているのだ。これを知っているのは、皇帝陛下ただお一人だ」
「何故、身分を隠されて?」
「私は公爵だ。地位の問題もあって、そのまま身分を明かせば最前線には立たせてはもらえぬ。だが、実際に傷つくのは最前線で戦う者達だ。私は、その者達の気持ちをわかりたかった。それ故に、せめてもと術を研鑽した。しかし、私自身が未熟であったが故に、貴女のように腕を失う者や、命を落とす者もいる。そしてこの間の戦だ。あのときに、私は見たのだ。両腕を失っても、戦う意志を曲げない貴女を。それが、私にはどの命よりも、輝いて見えた。だからこそ、私自身が、貴女から学びたいと思った。故に!」
シルヴァン公爵が、私の前に跪いた。
「私と、結婚してはくれないか、ブリジット嬢。将来の私の妻とは、貴女なのだ」
私は少し混乱していた。
だが、その混乱の中でも、このお方の熱意は、情熱は、そして器は、桁外れの本物だと理解するのは十分だった。
「はい、喜んで!」
そう、私は言っていた。思わず、大声で。
「貴女の声は、戦の鬨に似ているな。こちらまで、元気になる」
そう、シルヴァン公爵は微笑みながら言った。
十年後。ある地方でモンスターの討伐が行われた。
討伐軍を率いる男爵の軍は勇猛ではあったが、数に勝るモンスターによって、次第に劣勢になっていった。
「男爵! モンスターの数が多すぎます!」
「くっ、このままでは!」
その時、金管楽器の音色が響いた。
その軍楽に、男爵たちは呆然とした。
「男爵! 増援です! しかし、この軍楽は……!」
兵士の一人が涙すると同時に、男爵も、そしてそこにいた全兵士が、涙した。
「間違いない、この音色は……!」
「申し上げます! 増援として来たのは十万以上! 率いておられるのは、シルヴァン『大公』と、ブリジット『大公妃』です!」
遠くに、確かに大軍が見える。それも、大公の旗が翻った、この国最強の軍勢が増援にやってきてくれた。
士気が、一気に上がったのを男爵は感じた。
あれから、シルヴァンは皇帝から大公の位を授与され、そしてその妻であるブリジットは、騎士から一気に大公妃にまで上り詰めた。
ブリジットへプロポーズしたパーティ以降、シルヴァンが魔法使いとして前線に立っていたのが国中に知れ渡った。
最初は地位の問題で前線行きを反対する者も多かったが、シルヴァンの強い意志に折れた。
そしてあれから更にシルヴァンの術には磨きがかかり、『魔導公』の異名を持つ、世界最強に近い魔法使いとなっている。
ブリジットはというと、結婚してからシルヴァンの回復の術の効果で腕の能力は負傷時よりも更に増強した。
そのためブリジットもまた、シルヴァンを支えるためと、最前線に再び行くことを決めた。
「こちらは劣勢。どうなされます、大公?」
ブリジットは黒い一角獣にまたがり、そこから、横で白い一角獣に乗るシルヴァンに聞いた。両名とも、部隊の最前列にいる。
「私の部隊が、氷で足止めする。そのさなかに突撃。それが最短であろう」
「いつも通り、ですね。分かりました。同時に男爵の部隊の回復も」
「任せろ。同時にやるのは造作もない」
そうシルヴァンが言うと、ブリジットは頷いた。
そして互いに見つめ合った後、ブリジットは剣を抜いた。
シルヴァンがくれた、義手に馴染む剣だ。
この剣の設計図を、よりにもよって結婚式が終わってすぐに二人して三轍して作り上げたのだから、周囲に呆れられた。
だが、民を守る二人には、多くの称賛が集まるようになり、国外からも注目される存在になっていた。
「では、いくぞ」
シルヴァンが言うと同時に、大気が震えだし、モンスターの足元が、一斉に凍った。それと同時に、男爵の軍勢の兵士の傷が癒えていく。
モンスターは奇声を上げながら氷から脱出しようとするが、身動き一つ取れない。一方で、男爵の軍勢は力を取り戻した。
「よし、我が兵たちよ、突撃するぞ、民を守るために!」
「民を、守るために!」
ブリジットは一角獣へ大腿で指示し、一気に兵とともに前線へと掛けた。
歓声がそこかしこから起こる。
叫んだ。
「我はブリジット! 民を守るために戦う刃なり!」
(了)