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第八話 デミグラスソースとサワークリームを加えて

1/13タグ「飯テロ」追加しました。

 クォーツさんに連れられて、広い邸内の二階にある一室に案内されました。


 どうやら来客用のベッドルームで、私のアパートメントの部屋にあった荷物がすでに持ってこられていました。真ん中に置かれたトランク二つ、そこには家財道具はありません。ベッドや棚はアパートメント備え付けでしたし、私はつい先日王都へ引っ越してきたばかりでしたので、服や筆記用具、本などを集めてもこんなにも持ち物は少なかったのだと実感します。


「急ぎでしたので、メイドを派遣してアパートメントの私物をまとめさせていただきました」

「ありがとうございます」

「しかし、これで本当に全部でしょうか。足りないものがあれば遠慮なくお申し付けを」


 クォーツさんが訝しむのも無理はありません。部屋を引き払ってトランク二つしか持ち物がないの? 貴族令嬢だったのに? と言いたいのだろうと察することはできます。貧乏だからドレスも一張羅で、一番かさばる服がほぼないんです、とも言えず、ちょっと恥ずかしいです。ペトリ辺境伯領では高価なコルセットをつける文化がないこともあってですね、ええ、まだ買えてなくて荷物はなかったんです。


 与えられたベッドルームには寝室と衣装部屋がありましたが、寝室にはキングサイズのベッドに高価な調度品が揃い、すっからかんの衣装部屋の広さはアパートメントの一室ほどもあります。これが公爵家のおうち……広い……と私が感慨深く眺めていると、クォーツさんは現実を突きつけてきます。


「このような一時滞在用のベッドルームではなく、きちんとした居室をご用意できればと思いますが、実は邸内の改装計画が進んでおりまして、そちらにユリア様の居室を加えて新しく作るほうがいいのではないかと」

「えっ、いえ、私などにそこまでしていただかなくても」

「しかし、結婚が決まっているのなら、ひょっとするとヴィンチェンツォ様は新しく屋敷を構えられるかもしれません。そのあたり、帰還なさってから相談をしておきましょう」

「あっはい」


 どことなく、クォーツさんは楽しげにそう語ります。


 邸内に部屋をもらえるだけでも十分にありがたいのに、新しく作る、などと言われると畏れ多いどころの話ではありません。しかしあまりにもクォーツさんがウッキウキで楽しそうなので、私はそれ以上、固辞することはできませんでした。


 レーリチ公爵やヴィンチェンツォのことを優しいと評しているものの、クォーツさん本人もけっこう優しいです。


 それから、とクォーツさんはさらに付け足します。


「夕食なのですが、部屋でお食事をなさいますか? 現在、レーリチ公爵家の方々は暴れ……いえ、あちこち動き回っておりますので、食堂に集まることはないでしょう」


 どうやら私の知らないところでレーリチ公爵家の人々は色々と何かをやっているようですが、望まれないかぎり首を突っ込まないほうがいいでしょう。私が手伝えることだってないですし、今日来たばかりの娘に警戒しているかもしれません。少しの間は一人でご飯を食べたほうがいいですね。


「では、お食事はこちらでいただきます。もし皆様からお誘いがあればご一緒する、ということで」

「ええ、そういたしましょう。そろそろ午後五時です、夕食まで少しばかりゆるりとおくつろぎください」


 そう言って、クォーツさんは踵を返して、去っていきました。


 私はまず部屋のトランクを開けようと、しゃがみこんで手を伸ばします。ペトリ辺境伯領からついてきた帆布と革と木のトランクは、実家の倉庫に眠っていた骨董品です。あちこち小さな傷だらけで、手入れもされていなかった——はずなのに、なぜかピカピカです。レーリチ公爵家の使用人の誰かが手入れをしてくれたようで、革はスベスベ、傷跡は隠し隠し、新品同然とはいきませんが見違えるようです。


 これはレーリチ公爵家の使用人が親切なのか、それともみすぼらしくて放って置けなかったのか、多分両方でしょう。内心複雑ですが、とっても感謝すべきことです。レーリチ公爵家に来てから、あまりにも尽くしてもらいすぎて、多くの人にお礼をしなくてはならなくなっていて、私はてんてこまいです。


 それはそうと、すぐに誰かが部屋の扉をノックしました。


「はい、なんでしょうか?」


 私は声をかけて、扉へ向かいます。金メッキのドアノブを回して押し開けると——そこには、ツインテールの可愛らしい少女がいました。私より一つ、二つほど年下でしょう。ツヤツヤの金髪に紫色の細いリボンを何本も編み込んで、感嘆するほどおしゃれです。王都の最新流行なのでしょうか。


 ふりふりのフリルドレスの少女は、小さな胸を張ってこう言いました。


「よく来たわね、お義姉様! 私、ペネロペよ!」


 何ということでしょう、ヴィンチェンツォの妹のペネロペが挨拶に来てくれました。


 自己紹介をされて、私も、と思っている間に、ペネロペは鋭い目つきで私を見て、ふふんと鼻を鳴らして語ります。


「お義姉様、申し上げておくべきことがありますわ!」

「な、なんでしょうか」

「今日のお夕飯、ハッシュドビーフよ! でもね、我が家ではそこにデミグラスソースとサワークリームを加えて、ライスと一緒にいただくの! とっても美味しいわ! 期待していいのよ!」


 なんということでしょう。


 恐ろしいことです。私は想像してしまいました。


「……ビーフに、デミグラスソース……サワークリーム?」


 なんという贅沢。さすがレーリチ公爵家、牛肉だけでなく手間のかかるデミグラスソースも、サワークリームという聞いたことのない高価そうななにかまで食卓に上るなんて。


 ペネロペ、一気に私の夕食への期待値を上げてきました。恐ろしい子です。


「ふふーん、我が家は各地の料理人が集まっていて、一流の料理人の腕試しの場でもあるの!」

「つまり、美味しいものが食べられるということですか?」

「違うわ!」

「えっ!?」

()()()()()()()()()()、よ!」


 ばちん、とペネロペは私へウィンクをしました。


 お茶目な少女ペネロペは、人懐こい笑顔のおもてなし公爵令嬢でした。

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