order29. フルーツゼリーと言伝
木に咲いている花のほとんどは八分咲きぐらいになり、見ごろになってきている。ただ、現在は深夜なのでタイミング的には良くない。そんな中でもゆずみちから光が漏れていた。
「深夜にすまないね」
そう言いながら、マスターは注文された品を準備する。カウンターには魔王とアリス、そしてカウンターの机の上に卵ぐらいの大きさの子が一人ちょこんと座っていた。
「いいわよ。今回は私からこの時間をお願いしたし」
そう言いながら、魔王は頬杖をついて少し考えている。いつもしゃきっとしている魔王にしては珍しい。横にいるアリスはいつも通りではあるが。マスターはその様子に少しだけ疑問を持ちつつ、注文されたものを渡す。
「はい、アメリカンコーヒーとオレンジジュース。あとミーティアさんはフルーツゼリー」
そう言いながら、カウンターの机の上に並べていく。ミーティアと呼ばれた妖精は喜んで話す。
「わぁ!綺麗なフルーツゼリー。いただきまーす」
そう言いながら、妖精のサイズに合わせた大きさのゼリーを食べ始める。魔族や人間が食べるサイズの十分の一ぐらいではあるが、ミカン、ブドウ、メロンなどの果実が少しずつ入っているゼリーになっていた。ゼリー部分が透明なため、とてもきれいな見た目をしている。
妖精は自前のスプーンを持って食べはじめた。その様子を魔王は苦笑しながらもマスターに話しかける。
「すまんな。特注のゼリーを作らせてしまって。今回は妖精の大手柄があったから、要望もあって連れて来た」
「いえ、小さい物なのでそこまで大変ではなかったよ。まだ話は聞いてないけど……すごく頑張ったって聞いたし」
マスターは夢中で食べている妖精を見ながら魔王に話す。
その様子を見ていたアリスが静かに、ゆっくりと話し始める。
「マスター様。魔王様からもありました通り、こんな深夜に申し訳ございません」
「いや、気にしないでくれ。僕のわがままなんだから」
「ではさっそく本題に入りますが……妖精の協力でイロナの両親が見つかりました」
「!?!?!?」
マスターは信じられないという顔になり、あまりの驚きで声が出なかった。少し時間が経って、ようやく事態を飲み込めたマスターは魔王とアリスに話しかける。
「良かった!!じゃあ後はイロナに話してあげるだけだ」
凄く喜んでいるマスターとは対照的に魔王とアリスは落ち着いていた。そしてアリスは話を続ける。
「いえ、マスター様……それは最後まで聞いてから決めてください。順にお話いたしますので」
アリスはそういうと、オレンジジュースを一口飲む。少し話すのを緊張しているようだ。そして自身の気持ちを落ち着かせてから話し始める。
「まず、今回の調査において、顔が広いのと、敵対する部族が少ないということで妖精族が適当だと判断しました。その妖精族の協力を経て、サリアの町とその周辺の町で聞き込みをしました。すると、サリアの町でイロナの写真を見た瞬間泣き崩れる人に出会うことができたそうです」
アリスはゆっくりと、話し間違いがないように話を続ける。
「その方は結局、イロナ様との関係性を全くお話にならなかったため、魔王様と私で再度その家にお伺いしました。そこの父親らしき人にお話を聞いたところ、イロナ様の両親であることを認めました」
「それなら良かったじゃないか。イロナの両親であることを認めたんだろう!?」
マスターは我慢できずにアリスの話を少し遮りながらも声をかける。その様子を見た魔王は制止するようにアリスの代わりにマスターに語りかけた。
「そこに確かに両親はいたわ。でも……母親の方が記憶障害になっていたのよ」
「……記憶障害?」
マスターはあまりに話の流れに合っていない言葉に驚きを隠せない。魔王は話を進める。
「度重なる戦争で疲弊していた時にイロナちゃんと離ればなれになってしまった事が引き金となって、何も思い出せないそうよ。イロナちゃんの父親のことも忘れちゃってて、忘れられた父親の方は思い出してもらうためにずっとこれまで頑張って来たって」
魔王はあくまで淡々と話しをする。ただ、マスターはそうはいかなかなかった。
「えっ?つまり……イロナの両親は見つかったけど、母親は記憶障害で覚えていない……?そんなことって……」
あまりのショックですこしパニックになっている。その様子を見ながらも魔王は淡々とさらに話を続ける。
「その上、父親からも言伝をもらっているわ。魔法で再生するから待ってて」
そう言うと、魔王はほんの少し詠唱をして魔方陣を出現させ、そこから声だけ漏れ出てくる。
『……イロナの両親を探してくださっている方。イロナの父親のイロラスと申します。私たちのことを探してくださり、本当にありがとうございました……』
音声にすすり泣きをしているのか間が入る。
『……イロナが生きていて、そこで一緒に暮らしていることを聞いた時、本当に……本当にうれしく思いました』
再び少し間が入る。
『ただ……ご存じかわかりませんが母親のザイーナは記憶が戻っておりません。そして私たちはイロナを戦争で守りきることができませんでした』
涙をこらえるのが限界になったのか、完全に泣いている。
『……正直に申しますが……私は……私たちは親としてイロナと会うべきかわからないのです。ここまで放置していたのに、会う権利があるとは思えないのです』
泣きながらなので、聞き取りづらいがかろうじて聞こえる。
『そのため、私たちからお会いすることはできません。イロナが会いたいと言ってくれないとお会いすることはできません……何卒ご理解を……』
そう言うと、魔方陣は閉じられた。
マスターはあまりの話に何も言葉が出てこなかった。そうなることを予期していた魔王とアリスはマスターに声をかけることはしないようだ。喫茶店の中は妖精が食べるフルーツゼリーで生じる音以外は何もなくなった。
すこし経ったのち、意を決したようにマスターが話し始める。
「つまり、両親に会うか否かはイロナに決めてもらうってことだな。母親の状況も伝えたうえで」
マスターが絞り出した言葉に魔王は反応して答える。
「そうよ。ここまではマスターの勝手だったけど、ここからはそうはいかない。イロナちゃんがこの話に参加しない限りは前には進まなくなったというわけ」
魔王の横でアリスはじっと黙っている。魔王は続けて話す。
「ただ、この話をイロナちゃんに話すか否かはマスターが決めて。両親が見つかったけどそのうち母親は記憶障害でイロナちゃんのことを忘れている。それがどれほど辛いことかは想像できない」
すこし魔王は深呼吸してからマスターに問う。
「イロナちゃんに話すか否か、話すならどのタイミングで、どの内容を隠すかなども含めて任すわ。これはマスターにしかできない仕事だから」
そう言うと、魔王はアメリカンコーヒーをぐっと飲む。
マスターは魔王の様子を見ながら、何かを決めたようだった。
ここは、魔方陣で話しを聞くことができる喫茶「ゆずみち」
さて、次はどのような言伝をもらうのでしょうか。




