このお味噌汁には、きっと毒が入っている
「おはよう」
そう声をかけてきた妻の笑顔を『怖い』と思った。
普段は私が起床する時間にはまだ寝ている妻が、今日に限って早起きだ。
寝室からリビングに入った瞬間に朝食の匂いがするなんて何年振りだろうか。
「あ、ああ。おはよう」
私はできる限り平静を装う。
思考を整理するために、一度リビングを出る必要がありそうだ。
新聞を取るために郵便受けへ向かおうとするが、その思考を読んだかのように妻が言った。
「新聞なら、もう食卓の上に置いてありますよ」
見れば、食卓の私の座席の前に新聞が置かれていた。
「……ありがとう」
大人しく席に座り、新聞を広げる。
だが、内容など全く入ってこない。
何故、今日に限って妻が朝食の準備をしているのか?
あまりにもタイミングが良すぎる。
朝食の準備をしている妻の様子を、新聞を読むフリをしながらちらちらと盗み見る。
卵焼き、焼き魚、炊き立てのご飯、ホウレンソウのおひたし。
いつもは食パンが袋ごと置かれているだけの食卓に、次々と料理が置かれていく。
「どうぞ。久しぶりに作ってみたから、口に合うかはわからないけど」
私は新聞を畳み、震えそうになる手をなんとか抑え、箸を取る。
「いただきま――」
「あ、ちょっとまって」
妻は小走りに台所に行き、茶碗を持って戻ってきた。
「お味噌汁。忘れるところだった」
私の好きな、蜆の味噌汁だった。
「好きでしょ、蜆」
私は妻の顔を見られなった。
このお味噌汁には、きっと毒が入っている。
◆◆◆◆◆
私が夫と浮気相手の計画に気づいていることに、夫も気づいただろう。
彼が昨夜持ち帰った小瓶は、今私のエプロンのポケットの中にある。
私は夫の向かいに座りリモコンでテレビをつけた。
朝のワイドショー番組は、最近起こった資産家殺人事件の話題で持ちきりだ。
なんでも、若く美しい妻が三十歳年上の夫を『毒』で殺害したらしい。
「馬鹿だよね、この女」
私は心からの感想を口に出す。
「もっとうまくやればよかったのに」
我ながらとても冷たい声が出たな、と思った。
夫は、未だに箸を持ち上げた姿勢のままで固まっている。
私は、お味噌汁に何も入れたりはしていない。
でも、このお味噌汁には、きっと毒が入っている。
無味無臭、無色透明の『疑念』という名前の毒が。
でも入れたのは私ではない。
夫が自分で、勝手に入れたのだ。
「どうしたの?冷めちゃうよ?」
私はできるだけ朗らかな声で言った。
さて、夫はこの『毒』にいつまで耐えられるだろうか?
どうしても『第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』に参加したいがために投稿を始めました。3作目です。
よろしくお願いいたします。




