×4 メルティジェラシー
雑誌の中のあの子は、いつも笑顔を振りまいていた。
きっとあそこに上り詰めるまで辛い事とか、苦しい事とか、
悲しい事とか人一倍あったはずなのに
いつもカメラを向けられたら強気で綺麗な、可愛らしい笑顔だったんだ。
私はそんな強い人に憧れた。
「咲良先輩、ずっとずっと憧れていました。お願いします、付き合って下さい!」
校庭裏のその先にある、桃色の花が咲き乱れた桜の木の下で後輩の男の子からの告白を受ける。
これで今年に入って7人目だ。
目の前の男の子は頬を林檎のように赤らめながら私に向かって頭を下げている。
そしていつも通り、私は丁重にお断りした。
きっとこの人も貼り付けの顔しか見ていないから。
皆が私を好きでいるのは私の見た目を一番に見ているのだろう。
性格も、話も、人格も何も見ていない。
私は何度も可愛いと言われてきた。
だから自分の容姿にももう気付いている。
けどこんな顔の一体何処がいいのだろうか。
顔なんて所詮貼り付けの物だというのに。
中学生まではその考え方だった。
けれど高校に入ってからまるで私の全てが変わったようだった。
言われたんだ。
「貴女には顔しか取り柄が無いのだから、ずっと愛想を振りまいていたら上手くいくわよ。」
何も知らない、ずっと私を見る時胸か顔しか見てないクソ野郎に。
でもそれはきっと正しいことだった。
私が笑えば、皆可愛いと言ってくれる。
私がそれでしか見てもらえないのなら、褒めてもらえないのなら、
私はもうそれで生きていくしかないのだろう。
自分の感情を抑え込んで何処からどう見ても弱みの無い強い人間に、私はなりたいのだから
‐‐♡‐‐‐
「咲良ちゃん、今日も一緒に帰ろ!」
「うん!」
学校の錆びた鉄で出来た校門を通り抜け、私たちは帰路に着く。
「にしても、私たちの学校古すぎだよねー工事でもしろっつうの」
「本当、すごく古いよね」
いつの間にか作っていた二つに髪を結んだ友人が豪快に笑いながら隣を歩く。
その子の口からは沢山の話が止めどなく溢れてきていて、気づけばもう違う話題になっていた。
私はそれにちょくちょく返事を入れていく。
「そうそれでさぁ、何か最近魔法の夢?みたいなのが流行ってるんだって」
「へぇ、それはどんなものなの?」
少しだけ興味のある話題が出て来た。
魔法か、小さい頃は夢中になっていたな...。
「なんか魔法少女になれる夢らしいよ。女子限定なんだって!」
魔法少女だからやっぱり男子は無理なものなのか...。
にしてもやっぱり少し気になる。
家に帰ったらネットで調べてみようかな...。
そして私たちは途中から別方向に別れる。
その子の姿が見えなくなるまで手を振っていると、
ピロン、と肩にかけているスクールバックの中でスマートフォンの聞き慣れた音が鳴った。
なんだろう、エンスタグラムの通知だろうか。
そう思いスマホを開けてみるが通知欄には何も無かった。
聞き間違いだろうか...。
私はスマホをまたスクールバックの中に戻し、家へと歩き出した。
「ふぅぅ...。今日も学校疲れたな」
桃色のベットに寝っ転がり、私はスマホをいじり出す。
さっき気になった「魔法の夢」とやらを検索するのだ。
そして「魔法の夢 魔法少女」と検索欄に打ち込み、検索結果を見てみると、
それについて書いてあるだろうブログを見つけた。
タップして見てみると、そのブログは本当かは分からないが、
それを体験したと言っている人が書いてあるものでその手順を記載していた。
そして、
私はもうそれを見ていた時には怪しむ事など忘れて、好奇心で満ち足りていたので実践してみることにした。
いずれその心が濃密な後悔で満たされる事も知らずに。
「スマホを遠ざけて、砂糖水を飲む、か...。これでいいかな」
甘ったるい砂糖水を飲み、私は布団に潜る。
後はもう寝るだけだ。
そして、5分程経ったとき私の意識は無くなった。
ー♡ーー♡ーー
「うーん...」
気付けば私はそこら中に不気味な異形の縫いぐるみがある、
何処かただならぬ雰囲気の広い部屋で立っていた。
何だか不思議な感覚だ。
今の状況が夢だという事を理解出来ている。
体も自由に動き、言葉も口からスラスラ出てくる。
少し、歩いてみようかな。
かなり気はひけるが、流石にずっとこの不気味な雰囲気の部屋に居たくないし。
抜け道のような所がないか探してみよう。
私は適当に広い部屋を歩いていく。
辺りに散乱している縫いぐるみは手に乗るサイズから天井まで付くサイズもあったが、
どれも虚ろな目をしていて不気味だった。
そして、2分程歩いたとき、大きな縫いぐるみが扉を隠すように置いてあった。
幸いその縫いぐるみには隙間があり何とか扉を使う事が出来そうだ。
私は縫いぐるみの隙間に入り、扉をまじまじと見てみる。
大部分が黒い木材で出来ていて、ピンクゴールドのドアノブが怪しげに光っている。
ドアノブに歪んで映る私の姿は寝間着のいつも通りの私だった。
魔法少女にはなれなかったが、不思議な体験をしたなぁ...。
私は冷たいドアノブに手をかける。
すると簡単に扉は開き、私はその扉の向こうに吸い込まれるように歩いて行った。
扉の向こうは真っ暗闇で、入った途端意識がゆっくりと、しかし確実に意識が遠のくのを感じた。
遠のく意識に身を委ねながら、私はさっき出た扉のほうを振り返る。
そして、私の喉からは言葉にならない悲鳴が出た。
沢山の異形の縫いぐるみが槍を構えてこちらに向かってきていたのだ。
その表情はさっきの虚ろなものとは違って牙をむき出しにしながら笑っていた。
お願い、早く意識が無くなってくれ、夢から覚ましてくれ。
私は必死にそう願う。
大きな縫いぐるみが遂に私にぶつかる寸前まで来た。
そして槍を振り上げ、私の心臓目掛けて下す。
骨が砕けるような痛みと生暖かいものが吹きだす感覚を最後に私の意識はやっと無くなった...。
そして私はもう目の前が見えなくなったとき、
「マジカルハート、残り2」という言葉を聞いた気がした。
ー♡ーー♡ーー
私は布団から勢いよく起き上がる。
過呼吸になったときのように肩を激しく上下させながら息をして、
体中が汗で濡れていた。
そして私が落ち着いた頃、私はようやく隣に何歳か下くらいの年頃の子がいる事に気付いた。
マノ、と名乗るその子はにんまりと愛らしい笑みを浮かべているが、
何処かその笑みは狂気を孕んでいる。
その時私は気付いた。
確実に私の人生を狂わせ、普通とかけ離れたものに巻き込まれることに。
でも立ち止まる事なんか出来なかった。
きっと私は「普通では無い事」を体験したかったのだろう。
たとえ自らの命を限られるものにされたとしても。
マノという少女はまた、強い狂気の笑みを私に見せていた。
朝芽久 咲良
学校中で人気の高校3年生
小さい頃から強く、美しいものに憧れていた。
弱い人は嫌い。