ユイ6
私とオガタは2人だけで結婚式を挙げた。
オガタの両親と私の母が援助してくれ、マンションを借りてくれた。
私は17歳で専業主婦となった。
オガタが私を受け入れたときから、愛情が少しずつ生まれてきた。
仕事に行く時間はとても早かった。
しかし毎日、弁当を作って持たせた。
家事を一生懸命こなした。
近所の主婦達には、歳をごまかしていた。
オガタが変な目で見られたくなかったからだ。
素直な性格のオガタを私のせいで傷つけたくない。
「ただいま…」
「おかえり。疲れてるね」
この日、朝3時に家を出て行ったオガタが帰宅してきたのは22時だった。
「お風呂入っちゃって、その間にご飯温めておくから」
「ああ…」
疲労困憊とは今のオガタを指すのだろう。
風呂から出てくると流し込むように食事を終わらせ、オガタは眠った。
しかしオガタは不平、不満を一切、口に出すことはなかった。
その姿を見ている私もオガタを支えようとした。
しかしこの生活は、結婚して2ヶ月もしない頃に一変する。
「今日で仕事辞めてきた」
「ちょっと辛過ぎるよね」
「明日から就職活動するからさ」
「明日くらいゆっくり体休めれば?」
「ありがとう。そうするよ」
オガタは翌日、パチンコに行っていた。
そして毎日、パチンコへと行くようになっていた。
「ねえ、仕事探してないの?」
「探してるよ」
「パチンコなんて行く余裕、うちにないよ?」
「分かってる」
それから2ヶ月が過ぎると、自宅にサラ金から返済を求める電話が鳴るようになった。
30万もの大金をどうやって返済しようか。
私の貯金の総額がそれくらいしかない。
オガタの為に30万を返済に充てた。
「ただいま」
「これ契約書ね」
「あ!」
「もう私、貯金は一切無いからね」
「ごめん…」
「私ね、別にお金持ちじゃなくてもいいの。普通の家庭でも幸せなら良い」
「ごめんよ」
しかしそれからも、オガタは職に就くことはなかった。
私は、本望ではないが家を出て実家に戻った。
「お母さん、彼ダメかも…私がダメにしちゃったのかな」
「そう。すぐに結果を求めないで、しばらく様子見てなさい」
その夜、オガタから何度もポケットベルが鳴っていたが、折り返すことはしなかった。
「ユイ、出掛けるわよ」
「どこ行くの?」
「今日は誕生日でしょ。いつものお寿司屋でいい?」
「うん」
何ていう誕生日だ。
「ああ、これでまた人が信用できなくなるな…」
「今回のことは、お母さんもちょっと責任感じてるのよ」
「いいのよ。お母さんは悪くない」
「ユイも悪くないよ。少し彼には頭を冷やしてもらおう」
お母さんは自宅に連絡があったとき、少しは反省しろと怒ってくれたらしい。
翌日、私はユミさんのマンションへ遊びに行った。
ちょうどユカさんも来ており、今回のオガタの経緯を話した。
「せっかく結婚してユイも落ち着いたかなって思ったのにね」
「もう少し、様子を見てあげれば?」
「うん、そうしようとは思ってますけど…」
「けど?」
「もう戻れないと思います」
確かに最初の裏切り行為をしたのは私だ。
やはり結果的に無理やり落ち着こうなどと考えていた結果なのだろうか。
「私達から見て、ユイがそんな人を信用できないような、性格には見えないけどね」
「2人とお母さんは別格です」
「何か気持ちは、分かる気がするよ」
「ユカさん…」
「ユイは傷付きたくない訳じゃないはず。信用した人間に裏切られるのが嫌なんでしょ」
「たぶんそうです」
ユミさんが私とユカさんの肩を同時に叩いた。
「そういうのを乗り越えて、良い女になるんじゃん」
私はユミさんやユカさんのように、女を磨こうとキャバクラで働こうと思った。
ユミさんやユカさんが言うには、夕方、駅で立っていればスカウトされるということだった。
「こんばんわ。ちょっと時間いいですか?」
「無いですけど、何ですか?」
2人の言うとおり、スカウトだった。
「名刺見せてもらってもいいですか?」
「あ、ごめん。そうだったね。俺も新人で慣れてなくて」
クィーン店、ボーイサトウ…。
それはユミさんとユカさんの居る店だった。
「申し訳ないんだけど、ここでは働けません」
「そっか、ごめんね。時間取らせちゃって」
このサトウという男。
後になって分かることだが、私にとっては恩人になるのかもしれない。
この後、運命の男と出逢うことをアシストしてくれることになる。
2人目に声を掛けてきたのは、サトウから10分も経っていなかった。
「こんばんわ。お姉さんをスカウトさせてください!」
エンジェルという名のキャバクラの店員でオオタケと名乗った。
名刺はまだ出来ていないという。
「何かヤラシイ店なんじゃないんですか?」
「来週うちの店、オープンするんですよ。バタバタしてて発注忘れしてたみたいです」
新規オープンとはやりやすい。
全てがスタートラインに同時に着くからだ。
「詳しい話聞かせてもらえます?」
私は、面接を受けるとすぐに採用された。
コールナンバーという番号を付けるのだが、私は1番をもらった。
源氏名と呼ばれる、仕事上での名前は『結』が本名なのでカタカナでユイとした。
全くのド素人だったが、かなり稼ぐことが出来た。
本心とは裏腹でも良い。
にこっとするだけで、指名がたくさん取れた。
私にはこの職種が合っていたのかも知れない。
店内での私のポジションは相変わらず、1人だった。
それでも私は居場所を見付けたような気がした。
初めて感じる、安堵感。
孤独でも満足はしていた。
男を探したり、作る気など一切無かったので、自由に行動した。
客と同伴するのも抵抗が無いどころか、服や貴金属を買ってもらえた。
同じものを違う客に買ってもらっては、質屋に売った。
この半年で給料は1円も使っていなかった。
「お母さん、温泉行きたくない?」
「そりゃ行きたいよ」
「私が連れて行ってあげるから、一緒に行こう」
「何かあったの?」
「仕事がうまく行ってるから。親孝行だよ」
「それじゃ、生きてるうちに親孝行はしてもらおうかな」
「良かった」
お母さんと私の予定を合わせ、スケジュールを決めた。
こんな早く、親孝行をして、お母さんに喜んでもらえるとは思わなかった。