ユイ53
初の本営業が終わり、店長が仕切る終礼が始まった。
「本日もラストまで、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「本営業は、いかがでしたでしょうか?」
楽しかったという意見が多かった。
キャストのみんなは、まだまだ行けそうなテンションだった。
その反面、スタッフには疲れの表情が色濃く見えた。
「お前ら、ビシッとしろ!」
「はい!」
店長のゲキが飛ぶ。
「日払いが必要な方は、今日はボスまで。送りが必要な方は終礼後、私まで」
「はーい」
「それではボス、何かありますか?」
「みなさん、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
ボスから放たれた言葉は、私は衝撃的だった。
私がイメージする水商売とは、一部だけの閉鎖された環境。
それを覆す発言をしたのだ。
「みんなはこの仕事を生活基盤としてる人や余力として考える人、それぞれでしょう」
彼は続けた。
会社としては、水商売一本で勝負はしない。
ハイエナジーを基点として、様々な職種に進出する。
退店しても、働き口を確保できるよう成長を続けたいと。
基盤となる、ハイエナジーを磐石にしたいと話した。
ビジョンを分かち合う為にも、ルールを守って店に貢献して欲しいと。
「イシハラ、締めて」
「はい」
終礼が終わると更衣室が朝の山の手線並みに混雑した。
「ユイ、マコ、リナ」
「はい」
「急いでないだろ?最後に着替えて、更衣室の掃除してやってくれよ」
「はい」
ボスがみんなの前で、私達に言い放つ。
このセリフを聞いて、誰が整理しないで更衣室を出るだろう。
結局、私達が更衣室に入ったときには、ちゃんと整理整頓されていた。
しかしボスのセリフに困惑な表情をしたのが、リナちゃんだった。
その場では、誰も何も言わなかったが、ボスが気が着いていない訳がなかった。
更衣室を出ると、ちょうど集計が終わった彼がリストから出てきた。
「ユイ、蔵行く?」
「行くー。スタッフのみんなは?」
「掃除と仕入れと送りが終わったら来るように言うよ」
「マコちゃんとかもいい?」
「とか?」
「ルミちゃんとヨウコちゃんもいい?」
「連れて来てもいいよ。じゃ行こうか。店長、閉めたらみんな連れて蔵に来いよ」
「分かりました。すぐ終わります」
エレベーターを降りるとオオハシくんが花輪を片付けていた。
そこは商店街の店主達が、好意で提供してくれた場所だった。
「オオシマ、終わったら蔵に来いよ」
「はい!これ終わったら参ります」
5mほど先にある、酒乃蔵の暖簾をくぐった。
「いらっしゃい!ボス何人?」
「分かんない。いっぱい居るから座敷いい?」
「あいよ!」
しばらくするとスタッフが全員、酒乃蔵に集合した。
「今日はオープン初日でお疲れさん。知名度や宣伝もしないで結構な客入りだったと思う。
明日はナイレポの1面に掲載される。これで一気に名前も売れるだろう。これからもみんな
力を合わせて頑張ってくれ。じゃお疲れさん!」
みんなでグラスを合わせて乾杯をした。
「ルミやヨウコはどうだ?2日間しかまだ営業してないけど慣れたか?」
「そうですね。ユイさんとマコさんにいろいろ教えてもらったので。何より女の子同士が
すごく仲が良いので働きやすい環境ですね」
「そうか。2人が感じたことを周りの女の子達も同じ想いが出来るようにしてやってくれ」
「はい」
イシハラくんがこそっと彼に耳打ちした。
「ボス…ところで今日の最終は?」
「残念ながら実売が179万で最終196.9万だ」
「ああ…197万ですか」
スタッフ一同が落胆し、一斉に溜息をついた。
「どうしたのみんな?良い数字じゃないの?」
マコちゃんがスタッフの表情に驚いていた。
イシハラくんが自嘲気味に笑う。
「俺達さ…ボスと賭けをしてた訳よ。目標に達しなかったのでペナルティなんだよ」
「みんながそんなにへこむなんて、どんなペナルティなの?」
私は、事の顛末を知っていた。
ペナルティが惜しい訳ではない。
お風呂遊びを彼に出してもらえないのが悔しかったのだ。
「マコさん。ぺナはユイさんの車の洗車と車内清掃とワックス掛けです」
「そうなんだ?あはは!」
彼が仕事の話に戻る。
「でも店長どうだ?あんなもんで200万をちょっと下回るくらいだぞ」
「大箱を実感してますね。あとシステム料金が2段階あるってのも大きいです」
「そうだろ?まだまだ上積みが出来るってことだ」
「そういうことですね」
「ボスと店長の話ですと今日のハイエナジーはまだまだってことですか?」
「主任はキングの営業を見てたろ?今日なんかあれには及ばないよ」
彼の言葉には、コマツくん同様、私も驚いた。
「そう言えばそうですね。スタッフが不慣れな分、多忙に見えただけかもしれません」
イシハラくんは彼の部下として、コマツくんは客としてキングの営業を見ている。
「そういえばボス、集計に入ったってことは細かいデータを見たかったんでしょ?」
「ああ。客単価、指名とフリーの割合、キャスト係数、延長割合を見たくてな」
「抜かりないですね」
「ああ。今日の指名本数は、ユイとマコで約7割」
「おお!」
私とマコちゃんがニヤついたのは、言うまでもない。
「以下、リナ、ルミ、ヨウコ、シズカといった感じだな」
「ユイさん、マコさん。さすがっすね」
「まずは私達が頑張らないとね」
「そういうことだ。ユイ達のような人間がまず、スタートダッシュに点火させるんだ」
「はい」
しばらく彼以下、スタッフは仕事の話に華が咲いた。
「明日に備えて、そろそろ解散するか」
「はい、ごちそう様でした」
帰宅すると、私の仕事について話し出した。
「やっぱ、ユイは大したもんだな」
「そう?」
「客呼んでた?」
「支障が無い人で数人くらいだよ」
「その他は新規の指名だろ?」
「そうだね」
「でも自分の女房の接客ってのは、案外見たくないもんだな」
「そういう風には見えなかったけど」
「みんなの前で表情に出せないから、こうして話してる」
「ヤキモチ焼くものなの?」
「ストレートに言えばそうなるな」
「仕事には本当にストイックだね」
「その内、営業出るの辞めよう」
「あはは」
「あいつらに任せて、他の業種に進出する」
「私もそれまでに子供仕込んでもらおっと」
「あはは。そうだな」
彼の素直な気持ちは嬉しかった。
そして私の素直な気持ちも彼は受け止めてくれていた。