ユイ52
レセプションから、オープンの日に掛けて大きな事件が起こった。
若い衆を何とかしてやりたいという彼の想いが、予定通りオープンという形となった。
VIPルームで『秘密の会談』が終わると、スタッフ達は仕事に戻って行った。
「ボス、ユイさん、おはようございます」
「おはよう!」
シズカちゃんとお母さんだ。
「今日は何人くらいなの?」
「18人です」
「そうか。結構、稼いでるね」
「おかげさまです」
ヘアメイクや準備が全て終わった。
「コマツ、朝礼だ」
「はい、かしこまりました」
一列に並んで座るキャスト。
コマツくんは一歩前に出た。
「それではみなさん、ご起立お願いします」
突然、彼の携帯が鳴る。
「悪い、続けてくれ」
彼はエントランスの方へと姿を消した。
「それではみなさん、おはようございます!」
「おはようございます」
「○年○月○日、記念すべきハイエナジーの最初の朝礼を始め…」
「コマツ!」
「はい」
「主任、朝礼閉めちゃってくれ。オオシマは下に12名居るから案内してくれ」
「それでは、本日もよろしくお願いします!」
「お願いします」
「はい、12名様!」
「いらっしゃいませ」
親分を先頭に意外とガラの悪くない団体が入ってきた。
「いらっしゃいませ。親分、フロアとVIPルームはどちらに?」
「俺らみたいなのは隔離した方がいいだろう。VIPでいいよ」
「ありがとうございます。12名様、VIPルームへ案内して!」
彼の言葉が発せられると、スタッフが一斉にイヤホンを聞き入った。
その10分も満たない間に、続々と2組が来店した。
私や経験者がバラけて、接客する。
さらに客が来店し、8時半を過ぎた頃には店内が満卓になった。
初めての満卓は、フロア34人、VIP12人で想定よりオーバーだった。
キャストは、マイナス6となっていた。
「ユイさん、お願いします」
「お邪魔しました」
スタッフに呼ばれ、テーブル間移動する。
「ユイさん、VIPへお願いします」
「親分のところね」
「はい」
オオシマくんがVIPルームのドアを開けてくれ、私をエスコートした。
「こちらユイさんです。よろしくお願いします」
「親分、いらっしゃいませ」
「おお、女房か。人妻じゃ口説けないな」
「あはは」
相席になっているキャストを見る。
みんなちゃんと接客出来ているようだ。
間違いなく、親分一派はヤクザだ。
しかしトップ以下、堅気衆に迷惑を掛けないように教育されていた。
以前の店では、かなりこのような類の人間は敬遠されていた。
同じ空間に存在するだけで、他の客が威圧されてしまうのだ。
ヤクザが1人店内に居ると、10人の客が遠ざかる。
これは彼が言っていた言葉だ。
大きな声を出されて、イレズミを見せられたら堪ったものじゃない。
彼はこの親分とは、良い付き合いをしている。
彼の下には、良い人が集まるようになっているのだ。
しばらくすると親分が彼を呼んでくれという。
「嫁!会計してくれ。待ってる客が居たら入れないだろう」
「親分、店内で嫁って言うのはやめて」
「あはは。そうだったな。商売上よろしくないよな」
「店長、ボス呼んで」
「かしこまりました」
イシハラくんが無線で彼を呼んだ。
「親分、もうお帰りですか?」
「忙しいみたいだからな。俺達が居ると他の客が入れないだろう」
「お気遣いありがとうございます。こちらでお願いします」
「おう!また来るよ」
親分達がチェックすると10分も経過しないうちにVIPが満卓になった。
更衣室でメイク直しをしていると、マコちゃんが入ってきた。
「すごいね。毎日こんな忙しいのが続くと、ぞっとするよ」
「宣伝もしていない店なのにね」
「ボスの先を見る戦略は大したものだよ」
「キャスト達はどう?」
「意外としっかりやってるね。下準備が良かったのかな」
スカウト当初に内偵していた女の子達は、かなり情報の落とし込みが出来た。
「店長もなかなかじゃない?」
「あはは。ありがと」
本来、彼は店内での恋愛を嫌う。
仕事と割切れないと全体に対して悪影響なのだ。
常々、プロフェッショナルで居ろと彼は言う。
他のキャストは否が応でも、違った目線で見てしまうのだ。
私はオーナーの女、マコちゃんは店長の女なのだと。
もちろんスタッフからもそのような目線で見られる。
言葉遣いや言動内容、行動も注意をしなくてはいけない。
とにかく『らしく』振舞うことが大事なのだ。
私達が優遇されていると思われてしまっても、それはしょうがないこと。
そう思われない為にも、より一層の努力が必要なのだ。
私やマコちゃんには、その気持ちはある。
しかしリナちゃんが、私達と温度差があるように見える。
私の直感だが、リナちゃんはボスから厳しい注意を近い将来受けるだろう。
「じゃ戻りますか」
「ほい、行かれますか」
フロアに戻ると依然、満卓状態が続いていた。
「マコさん、17番シートお願いします」
「はい」
「ユイさんはVIPへお願いします」
「はい」
「お願いします!」
「はい、少々!」
「お願いしまーす」
「はい、ただいま!」
フロアでは、所狭しとスタッフが動き回っていた。
VIPルームには、ナイレポのソメヤさんが来ていた。
「失礼します。ユイさんお邪魔します」
「ソメヤさん、いらっしゃいませ」
「おお、ユイちゃん」
「あれ?ユイちゃんとソメヤさんって顔見知り?」
ルミちゃんが不思議そうに聞いた。
「ユイちゃんと俺は、もう数年前からの顔見知りなんだよ」
「そうなりますよね」
「へえ」
ルミちゃんの接客技術は高かった。
加えて、モデルでこの容姿と飾り気の無い性格。
客はおろか、キャストやスタッフにも受けは良かった。
それはヨウコちゃんにも同じことが言えた。
中でもシズカちゃんの人気は高かった。
清楚でいて、容姿端麗、眉目秀麗。
世間知らずなのか、話が噛みあわないことが多く、天然だと思われている。
美容院と兼務している為、12時には早退する。
それが彼女のレア度を高める結果となっていた。
結局、早い時間に満卓になった店内は、閉店まで満卓が続いた。
初の本営業。
大盛況のうちに閉店となった。
私の目線としては、ほぼ完璧なスタートと思えた。