ユイ51
レセプションが終わり、私達は先に退店した。
女同士でご飯を食べに行くことにしたのだった。
メンバーは、マコちゃん、リナちゃん、ルミちゃんとヨウコちゃん。
自由が丘の商店街にある、イタリアンレストランに来ていた。
「ユイちゃん、カッコ良かったですね」
「え?何が?」
「今日は男同士で楽しんできてって」
「ああ。そうかな?」
「私だったら、旦那が終わるのを待ったりしますけどね」
「ヨウコちゃん。それはユイちゃんがボスの立場を考慮してだと思うよ」
「ボス?」
「従業員がまだ仕事してるのに、自分は女房と先に帰れないじゃない?」
「あ、なるほど!」
「その内、2人が先に帰るようになったとしても、今日は初日だからね」
「以心伝心ですね」
「ボスとユイちゃんは、そんな感じよ?」
ルミちゃんとヨウコちゃんがマコちゃんの言葉に感心する。
「ボスの妻って難しいのよ」
「テレパシーで会話してるみたい…」
マコちゃんの判断は合っていた。
私の立場は、あくまで前に出過ぎずなのだ。
その日は、女同士で朝まで話していた。
6時くらいに帰宅したが、彼は帰っていなかった。
レセプションの成果を喜んでいるのだろう。
私は敢えて彼に連絡を取らず、先に休みことにした。
どれくらい眠っていただろうか。
雑踏の音で目が覚めた。
すでに外は明るくなっていた。
ベッドに彼の姿は無い。
「どこかで寝入っちゃったのかな…」
時刻は午前9時。
堪らず彼に連絡を入れた。
携帯電話は留守番電話になった。
イシハラくんやコマツくんに連絡を入れたが、誰も連絡がつかなかった。
女でも買いに行って、バツが悪いから電話に出ないのか。
私はいつもこのようなネガティブな考えを持ってしまう。
ヤキモチのような可愛いものではないと自分でも思う。
彼から連絡があったのは、16時だった。
「オネエちゃんのところでも行ってたの?」
「バカ!手短に話すぞ」
店で別れた後、ハラダくんが事故を起こした。
相手はお婆ちゃんで、搬送先の病院で逝ったそうだ。
事故現場に彼達が掛け付けると、ハラダくんは連行されて行ったという。
ハラダくんは、手錠こそされなかった。
彼はパトカーで連行されて行く姿を哀れんだという。
ハラダくんを信じ、何とか罪を軽減出来ないかと行動していたらしい。
彼自ら陣頭指揮を執った。
『目撃者を探せ!この時間帯に辺りで活動していると思われる人間全てだ。タクシー会社や
運送屋、新聞配達、夜間工事作業員、考えられるものは全て聞いて来い!』
探し回った結果、なんと目撃者を見つけ、警察へ証言して欲しいと頼むことに成功した。
事故の数時間後には、被害者宅へ筋を通しに行った。
ハラダくんの拘留から12時間後、不起訴となって釈放された。
そして連絡をくれた今、彼は一旦、帰宅するという話だった。
「ただいま」
「おかえり。大変だったね」
「ああ。さすがに疲れた。風呂やって」
「はい」
ハラダくんは、彼の社員で仲間。
独り、冷たい檻の中に入れておく訳にはいかないと必死になったという。
被害者の寿命を縮めてしまったことには変わりない。
月命日毎に現場へ花を手向けろと話したという。
これから仕事に精を出して、故人に報いるような男になれと話すと涙したという。
「釈放は異例の早さだったんだね」
「証言がかなり集まったみたいだからな」
「さすがボスだね」
「俺もさすがに今回のことは勉強になったよ」
彼は風呂に入り、身支度を整えると、いつも通り出勤して行った。
追っ掛け、私も早めに店に行くことにした。
店に到着すると、スタッフ全員が彼に呼ばれ、VIPルームに集まるところだった。
「ユイさん、おはようございます」
「おはよう」
「ユイ?もう来たのか。ユイもちょっとこっち来てくれ」
「はい」
全員がVIPルームに入ると、彼がドアを閉めさせた。
「知っている者と知らない者が居ると思うが、全員に通達しておく」
昨日、ハラダくんが起こしてしまった事故を話し出した。
「付帯業務も帰宅するまでが仕事だと思え。そして今回のような件が二度と起こらぬよう
遵守するように。これは命令だ。繰り返す、これは命令だ」
「はい!分かりました!」
「続けて、人員配置を発表する」
営業の要、リストはコマツ主任を。
イシハラ店長はリストをサポートしながら、フロア兼VIPルーム。
フロアにはメンバーオオハシ、アルバイトのイワイとセンテ。
フロントにオオシマくんを配置した。
カウンターはハラダくんとアキノくん。
ハラダくんは当初、彼にフロア業務をすると言ったらしい。
『シケた面して、フロアに居ても困る。今晩だけはカウンターに居ろ』
彼はこのようにハラダくんを説得した。
「イシハラ、頼んだぞ」
「おっす!各自、インカムの周波数の確認をしておくように」
「イシハラ」
「はい」
「客のエスコートの際は、必ずVIPとシステム料金の説明をするようにしてくれ。おそらく
客は40分制もVIPルームも初めてだろうからな」
「私の方からもキャストに説明させるように言っておくよ」
「分かりました」
「じゃ今日は景気付けにノルマでも設けるか」
「ペナルティとご褒美の2つがあるんですよね?」
「そういうことだ。その前に目標売上は200万を設定する」
「200!」
「計算上、実売上が182万をクリアすれば、TAXで200万オーバーだな」
「マジっすか!」
「イシハラくん、それってすごいことなの?」
この数字の重みは、イシハラくんしか分からない。
神懸り的な売上を記録したキングの最終日でも121万だったという。
「倍近いんだね」
「ユイ、これくらい高い目標持ってやらないとダメだぞ」
「う、うん」
「キャストもトップクラスには、月に100万以上は取ってもらう」
「ええ!」
これも私にしか分からない話だった。
以前、働いていた店では、どんなに頑張っても70万くらいだ。
私を含めた、スタッフ一同はボスの掲げる高い目標に一丸となった。
「未達成時のペナルティは、ユイの車の洗車と車内清掃、ワックス掛けな?」
「地味にやりたくない罰ですね」
「達成賞は営業終了後、早朝ソープでどうだ?」
「おおー!」
1番盛り上がったのは、イシハラくんだった。
「ちょっとー!」
「ユイさん、これは男の仕事ですよ!」
「マコちゃんにバレても知らないから…」
「ユイ、まだ達成するとは分からん。明日、車がピカピカになってる可能性もある」
「あはは。そうだね」
彼なりのやり方で、スタッフを鼓舞する。
大事なことは、結果として売上を出すことなのだ。