ユイ50
レセプションの当日。
イシハラくんの大きな挨拶で朝礼が始まった。
イシハラくんに促され、いよいよ彼の挨拶だ。
「みんな、おはよう!」
「おはようございます!」
「本日は招待客のみが来店するレセプションです。1日だけなんだけど、営業になれる
ように頑張ってください。この中では誰一人、嫌な思いをさせたくないからみんなで
仲良く、そしてプロの高い意識を持って協力し合おう。そして、みんなで稼ごう!」
再びイシハラくんが、フロア中央にやってきた。
「それでは本日もラストまでよろしくお願いします!」
「お願いします」
以前、働いていた、彼と出逢った店。
ユミさんのラスト営業日に行ったキング。
彼と遊びに行った、ディスコ横浜M。
店の営業風景というのは、3通りしか知らない。
BGMはゆったりと静かに流れていた。
フロアの照明は、キャバクラとは異なり、少し明るめのセッティングとなっていた。
VIPルームが1段高い位置にあり、照明のセッティングも異なる。
長い時間居ても、心地良い空間に仕上がっていた。
スタッフは、それぞれインカムの設定の確認をしていた。
20時を過ぎるのを待っていたのか、すぐに招待客がやってきた。
「ボス、おめでとうございます!」
「あ、どうも!」
店に出店する準備で協力業者の面々が多数、来てくれていた。
彼は自らエスコートし、リストに居るイシハラくんへ指示を仰いでいた。
その後、立て続けに招待客が来店する。
キムラくんやコダマくん、社長も来店した。
自由が丘に来てから、彼が世話になっている親分も来てくれたようだ。
ナイレポの編集長で、彼の友人でもあるソメヤさんの姿も見えた。
フロアで縦横無尽に立ち回る彼の姿を目で追っていた。
短い間ではあるが、招待客へは笑顔を絶やさないでいた。
スタッフへは、短い言葉で的確に指示を出していた。
気が着くと店内は、満卓になっていた。
私やマコちゃん、リナちゃんはテーブル移動を繰り返していた。
この業界、素人が受けが良いとしても最低限のマナーは必要だ。
イシハラくんが準備期間に教育していた成果が出ており、まずまずの接客だった。
別のテーブルでは、シズカちゃん、ルミちゃん、ヨウコちゃんの受けが良かった。
全てがスカウトで入店した経緯もあり、かなりハイレベルな接客に見えた。
招待客のほとんどが水商売絡みで遅くなれば、遅くなるほど客が来た。
彼の計らいで、商店街で仲良くなった店主達も招待状無しで入店した。
ほんの数時間だが、彼の作る店作りに感心したのが、正直な感想だ。
私が以前、働いていた店は、個々が強力な個性を持っていた。
簡単に表現すれば『私が1番』という感じだ。
他人に協力もしなければ、もちろん協調性も無い。
男子スタッフも向上心の欠片も感じられない。
女が多い職場というのは、恐ろしいものだ。
いつも派閥争いや学生のようなイジメも存在していた。
特定の実力があるキャストで、店が保てていたようなものだった。
しかしハイエナジーは、単なる個々の集合体。
みんなの方向性が同じである。
店のメリットは、個人のメリットとして捉える。
彼のポリシーがスタッフに浸透しており、キャストにも浸透している。
和を重んじているのだ。
必然的に店内の雰囲気は、穏やかで和やか。
働きやすい環境であるということは、キャストがスタッフに協力的となる。
クオリティの高いキャストの出勤数が多くなる。
キャストが多ければ、口コミで客に広がる。
彼は宣伝を一切しないという方針。
その絶対的な自信が分かる気がする。
ハイエナジーはこの時点でコスト削減となっている。
まずスカウトのみでの入店。
雰囲気の良さから、低い退店率。
安定した出勤率ということになる。
これは人材を募集や補充する為の経費が掛かっていない。
このような背景から、宣伝費にも全くコストを掛けない。
自信が無いと出来ない賭けとなる。
彼は店作りをする上で、当初からここまで読んでいた。
招待客の120名の内、出席をもらっていた90名。
結果的には、都合を付けてくれた100名を超える招待客が来店した。
さらに近所付き合いを重んじる彼。
酒乃蔵を始め、数店舗の店主が掛け付けてくれた。
オードブルは賄い分を含めて多く頼んでいたが、最終的には底を付いた。
製氷機ではアイスが追いつかず、スタッフがコンビニへ走った。
お酒も在庫が全部、消費されてしまった感じだった。
「本日はラストまでお疲れ様でした」
終礼を取り仕切るのは、主任のコマツくんだった。
周囲は、まだ慣れていないキャスト、スタッフが一様に疲れた表情をしていた。
「送りが必要な人と日払い希望の人は、店長までお願いします」
簡単な業務連絡が終わると、イシハラくんに繋いだ。
「みなさん、お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」
「みんなの協力のおかげで、素晴らしいレセプションになりました」
イシハラくんがキャストを労っていた。
「シフトは、それではボス、お願いします」
「みんなお疲れ様!」
「お疲れ様でした」
「どうかな?みんな疲れたかな?」
「大丈夫でーす」
少し酔った、ルミちゃんとヨウコちゃんが元気に答えた。
「あはは、そうか」
ボスの立場としても、キャストを労った。
レセプションの内容に、非常に満足していることも伝えた。
そしてこれから長い時間、ここで営業していく旨、キャストに伝えた。
全てが大成功に終わったレセプションが幕を閉じた。
彼がイシハラくんに集計を教えている間、私と数名のキャストが待っていた。
残ったスタッフやアルバイトが、店内の清掃と発注をしていた。
すると続々と送り部隊が店に戻ってきた。
「戻りました」
「お疲れさん。あとは誰だ?」
「ハラダですね」
「じゃあいつが帰って来るまで待ってろ」
「はい」
集計が終わったイシハラくんがこちらへ来た。
「賄いが無くなっちゃったから、ボスが飯食わしてくれるってよ」
「マジっすか?」
「ハラダが戻るまで、ミスが無いかもう1回チェックでもしてろよ」
「うっす!」
「私達は今日はこれで上っちゃうね」
「ユイさん、帰っちゃうんですか?」
「今晩は、男同士、スタッフだけで盛り上がって」
ハラダくんの帰りは、予想より遅かった。
「蔵でも行ってるか」
順調にスタートを切れたかと思われたが、この後、トラブルに遭遇する。