ユイ47
「ボスちょっとよろしいですか?」
イシハラくんがVIPルームへと彼を呼んだ。
「私、着替えちゃうね」
「あいよ」
「ユイちゃん、1人で脱げる?」
「分かんない」
マコちゃんが事務所に来てくれた。
「マコちゃん、今日はどうもありがとう」
「うちのバカは、超酔っ払いだったけどね」
「彼も今日のことは感謝してたよ」
「喜んでもらえれば幸いだよ」
「嬉しかった。それより楽しかったかな」
「あはは。じゃホールで待ってるね」
ドレスを脱がせてくれると、マコちゃんは事務所を出て行った。
「リナちゃんも今日はありがとうね」
事務所を出るとマコちゃんとリナちゃんの目が点になっていた。
「ユイちゃんジャージって…」
「だって楽じゃない?」
「まだ夜は終わんないよ?これ!私達からなの」
2人は大きな箱を渡してきた。
「え?何?」
「早く開けて見てよ」
箱を開けると純白のイブニングドレスが入っていた。
「わあ…ありがとう!」
「良いホテル泊まるんだから、それに着替えて」
「ホテル?」
マコちゃんとリナちゃんが、彼と話すイシハラくん達を指差した。
「それはイシハラくんから、ボスへプレゼントする予定なの」
「今日、来てくれたみなさんから祝儀を頂いています。これは予想出来たので、記帳簿を
用意しておきましたので、お返しをこちらから発送という形で行います」
「何から何まで悪いな」
「社長からは伝言を預かっておりまして、離婚をしたらタダじゃおかないぞ、オープンして
しばらくして落ち着いたら、新婚旅行でも行って来いと」
「何だこれ、祝儀袋が立っちゃってるよ」
「帯付きです。くれぐれもお返しをするなとキツく言われました」
コマツくんがイシハラくんに続く。
「お返しは半額返しで、選べるギフトブックみたいな感じでよろしいですか?」
「何か俺達に縁のあるものを添えたいな」
「写真をボーイ達に撮らせてあります。ベストショットを選んで、それを添えるように
しましょうか?」
「そうしてくれるか」
「会計報告は別途、報告します。詳細は前後しますが、祝儀の残りはこちらです」
イシハラくんが祝儀袋を彼に手渡した。
「それと最後にこれは俺からです」
ホテルのカードキーのようなものを手渡していた。
「今晩くらいは、夫婦でゆっくりしてください。赤坂にスィートを取りました」
「ありがとうな」
「ボス、ハラダを車で待たせてます。ホテルまで送りますよ」
「悪いな、イシハラ。甘えさせてもらうわ」
「え?ホテルって?」
「予約してたよ。俺はこれくらいしか出来ないって」
「ユイちゃん、イシハラくんってどんどんボスに似てきてるよね」
「男らしくていいじゃない。ね?マコちゃん」
「どうだか…。ほらユイちゃん、ボス行っちゃうよ」
「ボス、待って!ユイちゃん着替えるから」
「あ?ジャージに着替えてんじゃねえか」
「いいからちょっと待ってて」
再び、事務所でドレスに着替えた。
「ユイちゃんいい?」
「いいよ」
マコちゃんとリナちゃんがドアを開けてくれた。
「じゃーん!ボス、ユイちゃんどう?」
「ああ、シビレるね」
「よかったよかった」
「じゃ下まで送るね」
ハラダくんの車で赤坂のホテルへと向かった。
イシハラくんがロビーで受付をしてほしいとのことだった。
「マイカワですが」
「イシハラ様よりお伺いしております。今、係の者が案内致します」
ロビー横にあるエレベーターで最上階へ向かった。
「こちらでございます」
両開きのドアを開けてもらうと見たこともない豪華な部屋だった。
「ただいまシャンパンとオードブルをお持ち致します」
「イシハラの奴、無理しやがって」
「最高の1日だったね」
「みんなには感謝だな」
インターホンが鳴る。
「あ、俺が出るよ」
アイスペールに入ったシャンパンとオードブルが運び込まれた。
「ドンペリか」
「3万くらいするんじゃないの?」
「こういうところだから、もう少しするかもな」
「オードブルもいいところ揃えてるね」
「これとドンペリで5万くらいするんじゃないか?」
「そうかもね」
「イシハラからのプレゼントだから、値段を詮索しないであり難く頂くとするか」
「バルコニーに行こうよ。せっかく用意してくれたんだから」
「ちょっと飲み過ぎだけど、夜景でも見ながら飲むか」
ここは最上階で雑踏も乾いた風にかき消されて聞こえなかった。
建物から漏れ出る光や広告照明、街頭の光がキレイに見えた。
少しずつだけ注いだシャンパンで、彼と私は乾杯した。
「最高に気持ち良くて、最高の気分だな」
「うん。最高だね。マイカワユイです。不束者ですがそばに添い遂げさせてください」
「俺からもよろしく頼むよ」
背伸びしてカッコばかりつけて、スレていた私。
素直になれず、孤独だと思っていた私。
愛すること、信じることを教えてくれた彼。
そしてその彼との結婚。
彼を慕う仲間が用意してくれたパーティとホテル。
私の人生の中でも大切な1日になったことは間違いない。
付き合ってから、彼と一緒に居ない時間の方が少なかった。
食べ物の好き嫌い、趣味嗜好、クセまで彼色に染まった。
言葉で表現しなくても、お互いに気持ちが通じる。
お互いのことを第六感で感じることができる。
世の中にこんな男と出逢うチャンスは二度とないだろう。
大切に想う人のそばで、添い遂げる。
私の夢の1つが叶った。
私のもう1つの夢。
彼の子供を産み、育てたい。
彼も子供は大好きだと言っていた。
私が妊娠するのは、時間の問題だと思っていた。
しかし私はそのとき、病気が進行していることに気がついていなかった。
あのとき、実家に届いた病院の通知をちゃんと見ていれば…。