ユイ46
イシハラくん達が企画してくれたサプライズ披露宴。
キムラくんから、若かりし頃の彼のエピソードが飛び出した。
コダマくんは、彼とキムラくんと寮で共同生活していた。
そのときの話をしてくれた。
「マナブおめでとう!今日は俺の靴下履いてないか?」
「ごめん!履いてるわ。俺の片方どこいったか知ってる?」
「コダマが履いてるみたいだわ」
共同で生活していた為、よく靴下が行方不明になったという。
「いよいよ盛り上がって参りました!新婦の友人は名前が分からないので適当に…あなた!」
イシハラくんにマイクを手渡されたのは、メグミだった。
メグミは口に含んだモノを急いで飲み込んでいた。
「怒ると怖いユイの同級生でメグミです。ユイは昔から美人タイプで後輩の男の子達の
中でファンクラブもあったくらいでした。そんな状況を同性から見ると近寄り難く、
嫌味の1つでも出るはずなんですが、ユイはみなさんも知っての通りひょうきんで
天然で、ちょっと抜けているところもあります」
「ちょっとメグ!余計な事は言わないでよ?」
天然さでは、メグミも負けていない。
空気を読めないようなコメントをしないか、心配になった。
「見た目とは裏腹にユイはざっくばらんで、私には自分のこともよく話してくれました。
小さい頃、喘息で入退院を繰り返し、友達がなかなか出来ずに家に帰っても一人っ子の
ユイはいつも1人で遊んでいたと。その頃にお父さんが他界してしまって、事実を受け
止められなかったユイはお父さんを探しに、東京から横浜の実家までお父さんを探し
に行ったことも話してくれたりもしました」
私はメグミの言葉に、父を思い出していた。
今でも覚えている。
1人、父を探しに祖母が居る横浜まで行ったことを。
胸が熱くなった。
晴れ姿を見せたかった。
今の私を見て欲しかった。
父は、私の姿を見て、何と声を掛けてくれるのだろう。
涙がこぼれた。
「ボス、ユイは寂しがり屋です。これから長い人生ずっと傍に置いてあげて下さい。本日は
おめでとうございます。心より祝福致します」
メグミのスピーチにフロア中が拍手に包まれた。
「メグミさん…心温まるエピソードを…ありがとうございました」
「イシハラ、泣き過ぎだろ」
彼のツッコミに店内は大爆笑だった。
その後、イシハラくんが泥酔してしまった為、スピーチだらけになった。
ユミさんやユカさんは、私達2人の共通の友人として話をしてくれた。
「そろそろ時間がありませんので、最後に社長から一言頂きたいと思います」
「マイカワがうちのグループに来たのは2年くらい前になります。まだヤンチャ坊主っ気が
抜けなくて、すぐに怒ったり…かと思うと泣きムシだったり。しかしすぐに自分の居場所
を見付け、仲間と助け合い、切磋琢磨して仕事を頑張っていました」
「いろんな可能性を秘め、これから光り輝こうとする力は群を抜いていました。壁に当たり
立ち止まってる時も、少し背中を押してやれば、必ず壁を越えてきた男です」
「兄貴と慕う人間の突然の死にも彼は、必死に涙を流さず、乗り越えてきました」
「私はそれが可愛くてしょうがなかった。そして成長すると今度は俺の方がマイカワに夢を
見るようになりました。これから人生の伴侶と、またたくさんの仲間と共に夢の続きを
見せてくれることを信じています。2人とも結婚、おめでとう!」
社長から送られた言葉に彼は、涙ぐんでいた。
「それでは最後に、ボスからご来場のみなさまへ一言お願いします」
彼がそっと私の手を握った。
私は彼と一緒に立ち上がる。
「みなさん、本日はご多忙の中、私達の為にお越し頂き、誠にありがとうございます」
来てくれたみんなに2人はお辞儀をした。
「私にとってユイは最後の女で、ユイにとっても私が最後の男で居たいと思います」
「明後日、いよいよレセプションを開催致します。ここまでこれたのもみなさんのおかげで
私の力はまだまだ微力です。今後とも私達へご指導ご鞭撻を宜しくお願いします」
「そして最後にこのような場を企画してくれたイシハラ!どうもありがとう。そして裏方に
回ってくれたスタッフやキャストのみんな、お疲れさん!」
「高いところからではございますが、お越し頂いた皆様、本当にありがとうございました」
フロア中がスタンディングオベーションとなり、拍手の渦となった。
「せっかく締めてもらったところですが…」
「何だよイシハラ?」
「みなさん、新郎新婦のキスを見てないですよね?」
「コラコラ」
居合わせた人みんなで『キス』のシュプレヒコールが起こったのは言うまでもない。
「カメラをお持ちのみなさま、どうぞ前へ前へ」
私は彼の首に手を巻きつけ、目を瞑った。
彼は少し背伸びした私にキスをした。
「いやーおめでとうございます!」
眩いばかりのフラッシュの中、再び盛大な拍手に包まれた。
「新郎新婦の2人はこちらへ」
私達は、エントランスへと誘導された。
「それでは、三本締めで本日は御開きにしたいと思います。キムラさんいいですか?」
イシハラくんは、千鳥足でマイクを手渡しに行った。
「皆さん、お2人のご結婚のご多幸を祈念して三本締めを致します。お手を拝借!」
オオハシくんがキムラくんのマイクを持って、スタンドとなる。
「よ~お!」
三三七拍子が3度行われた。
「ありがとうございました!」
2人でエントランスで来てくれた方々のお見送りをした。
私の友達は抱きついて、祝福をしてくれた。
彼は1人1人と確かめるように握手をしていた。
全ての見送ったときには、夜になっていた。
大切な彼との結婚。
彼を慕う仲間が用意してくれたパーティ。
出逢う前の彼のエピソード。
数年振りに逢えた旧友。
イシハラくんのハチャメチャな仕切り。
忘れられない1日となった。
母が居たら間違いなく、泣いていただろう。
仲間内のパーティだと言ったイシハラくんに感謝をした。
「イシハラ、最後に残ってるみんなで写真撮らないか?」
「イシハラさん!」
「何だ寝てんのか?コマツ、その写真も数枚撮ってやれ」
「あはは!分かりました」
スタッフが片付け終わった頃、イシハラくんがむくっと目を覚ました。
もちろん顔には、落書き多数してあった。
イシハラくんを何とか彼の横に座らせると、コマツくんがファインダーを覗いた。
「イシハラさん、傾いてますよ」
「俺が後ろから支えるようにします」
「じゃオオシマくん頼んだよ。5秒後に行きます。はい!」
フラッシュが心地良い眩しさだった。
自然に笑顔が膨らむ。
忘れられない大切な1日となった。