ユイ43
イシハラくんの後輩3人がスタッフで加わった。
レセプションの招待状を配るのも残り僅かとなった。
「ユイさん…」
「ユイさん!」
「どしたの?」
「しっ!」
振り向くとイシハラくんが人差し指を口に当てていた。
「明日の13時、寿司春に集合です」
「あ、いいけど何?」
「ボスには内緒です。詳しくはそこで」
「う、うん」
寿司春の場所を聞いた。
自由が丘の商店街の入り口にあるという。
翌日、イシハラくんの言うとおり、彼にバレないよう寿司春に向かった。
店の前まで来ると暖簾は掛かっておらず、店内に人影が見えた。
「こんにちわ」
店内に入るとイシハラくんだけではなく、みんな居た。
「ユイさん、おはようございます」
「ユイちゃん、おはよう」
気がつけば、彼以外の人間がここに居た。
「何?どうしたの?」
「じゃそれは俺から…」
イシハラくんがみんなを制すると静かに口を開いた。
「実は結婚披露宴をしようと思いまして」
「誰の?」
「ボスとユイさんのに決まってるじゃないすか」
「ええ!」
イシハラくんが私の天然ボケにも挫けず続けた。
「実は招待客ももう集まってるんです」
「ウソ!」
「レセプションの当日にサプライズでやろうかと」
「アラヤダ」
「ユイちゃん、今のおばさんみたいよ…」
ビックリして素直に出た言葉に、マコちゃんからツッコミが入った。
スケジュールとしては、こうだ。
まず当日、ぶてぃっくんが打合せと称して、彼を連れ出す。
難癖つけて、彼にタキシードを着させるという話だ。
「そこが難しいんですけどね。ボスは警戒心が強いっすから」
店内では、彼が入ってくるのを待って、披露宴がスタートする。
スタッフ、マコちゃんやリナちゃんが裏方に回ってくれるという。
「だからユイちゃんがボスに黙っててくれないと、計画が水の泡になっちゃうのね」
「ありがとう。彼には何があっても内緒にしとくね」
「ユイさん、当日はお願いしますね」
「分かった」
「じゃユイちゃん、ドレスのサイズ取りに行こう」
私は、マコちゃんとリナちゃんと寿司春を跡にし、車で出掛けた。
しばらく車を走らせると、港区にある貸衣装屋に着いた。
「ここね、私の友達が居るんだ」
「へえ」
体の数箇所の寸法を計った。
するとベースとなるドレスを持ってきてくれた。
「足元、気をつけてどうぞ」
ドレスの背中の部分から足を入れて着てみた。
ずいぶんと大きい。
「ユイちゃん、小さくて可愛い!」
「七五三みたい?」
「そう言われると見えちゃうってば」
貸衣装とは良く出来たもので、ここから微調整が効くようになっている。
店員が手際よく、色んな場所を詰めていくと丁度良い大きさになった。
「きつくないですか?」
「ありがとう。ピッタリです」
「ユイちゃん、ウエスト細いね」
「ガリガリだから、彼に色気が無いって言われるの」
「羨ましいよ」
「オッパイ小さいとも言われる」
「あはは」
私は鏡に映るウェディングドレス姿を見て、大きな溜息をひとつした。
「ユイちゃん、苦しい?」
「ううん。彼と結婚したんだなって実感が湧いてきたかなって」
「バツイチ発言には、驚いたけどね」
「あれは私にとって、本当の自分じゃなかったときだから」
「今が正真正銘のユイちゃんなんだ?」
「そうだね」
「私の夢が1つ叶った」
「いくつかあるの?」
「もう1つだけ。彼の子供を産みたい」
リナちゃんが私の一言に微笑した。
「意外と質素なんだね」
間髪容れず、マコちゃんが口にした。
「リナちゃん、女ってそんなもんだよ」
「これでサイズ調整しておきますね」
「はい」
「ユイちゃん、次行こう」
貸衣装屋を出た私達は、再び車で移動した。
「マコちゃん、ここじゃない?」
同じ港区内で、コインパーキングで車が停まった。
「リナちゃんとユイちゃん、先に行ってて」
「どこ行くの?」
「美容院だよ。ちょっとした打ち合わせ」
決して目立たない佇みの店がそこにあった。
「おはよ」
「あ、おはようございます」
そこに居たのは、シズカちゃんだった。
なぜか私は、彼女の姿を確認したときに胸騒ぎがした。
「明日ヘアメイクをするとして、今日少しカットしましょうか」
「そうだね」
「え?ナニナニ?」
私の知らない間に話が進んでいた。
「じゃユイさん、こちらへどうぞ」
シズカちゃんに促された私は、椅子に腰掛けた。
するとマコちゃんが、カタログを持ってきた。
「こんな感じにしてもらうからね」
「う、うん」
私にとっても全てサプライズ。
いろんなことがマコちゃんとリナちゃん主導で進んでいった。
「ユイさんの髪って、細くてサラサラですね」
「そう?」
「すごくキレイな髪してますよ」
「ありがと、シズカちゃん」
鏡に映る、私とシズカちゃん。
胸騒ぎは、彼がスカウトした彼女に対するヤキモチだろうか。
何か変な感じがした。
「シズカちゃん、ロングヘアはキープしてね」
「ボスは長い髪が好きだから、切り過ぎないでね」
「何で2人が彼の好み知ってるのよ」
私はマコちゃんとリナちゃんの発言に笑みがこぼれた。
「分かりました」
カットは、すぐに終わった。
毛先を揃えたり、ヘアメイクしやすい状態にしただけとのことだった。
「シズカちゃん、ありがと」
「明日よろしくね」
「はい、分かりました。それではユイさん、また明日よろしくお願いします」
「あ、はい」
「じゃボスに気付かれない内に店に戻ろっか」
「そだね」
彼にバレないよう、急いで店に向かった。
「ユイちゃんさ」
「ん?」
「間違ってたらそれでいいんだけど」
「どしたの?」
「シズカちゃんと何かあった?」
「ううん、特に無いよ。初めて店に来たとき以来、あんまり話してないよ」
「何か様子が変だったから」
「そう?ヤキモチってこと?」
「う、うん。そんな感じ」
「違和感が無いと言ったら嘘になるけど、そんな感じじゃないかも」
「複雑な心境なんだ?」
「そだね」
シズカちゃんに対する感情は、うまく表現できなかった。
嫌な感じじゃないのは、確かだと思う。
何か彼女には、特別な何かを感じた。
そんな話をしている内に、私達は店に戻った。