ユイ41
いよいよ店の準備は内装工事が完了し、事務所も機能を始めた。
開店までは秒読み段階となり、レセプションの挨拶回りも行くようになった。
ミーティングと称した酒乃蔵での飲み会で、店内での役職が決定した。
店長はイシハラくん、コマツくんが主任となった。
キャストでは、私がフロアマネージャーとなった。
マコちゃんとリナちゃんは、私を補佐するフロアリーダーとなった。
彼はオーナーで表舞台からは、名を隠すようにした。
店内では、スタッフミーティングが繰り返し行われた。
キャストへの最終意思確認は、私達3人が連絡を取った。
女の子達は100名中、90名が働く意向だということだった。
「イシハラくん、これがリストね」
「ありがとうございます」
「ボス、リスト上りました」
「おう、コマツもちょっと来い」
「はい」
「スタッフ増員の件なんだけど…」
私達は、一仕事を終え、休憩していた。
「さすがに3人で100人に電話入れるのは大変だったね」
「確かに…」
「私、耳痛いよ」
初期の頃、スカウトした女の子は約1ヶ月前。
それでも働く気があるというのがほとんどだった。
これはイシハラくん、コマツくんが、マメに連絡を取っていた成果だった。
「ねね、ユイちゃん」
「ん?」
「フロアマネージャーとかリーダーって何をすればいいの?」
「ボスが言うにはね、絶対に派閥を作らせるなって」
「派閥?あージャックにもあったよ」
「やっぱりうちにもあったよ」
「ほとんどは、古株の人間のところが、最大派閥なんだよね」
彼曰く、人間というのは3人居れば、最大で3つの派閥が出来る。
現在、キャストの人数は90人。
この人数に対して、派閥を作らないというのは、いささか困難ではある。
「ボスはね、たかが人間関係で人が去っていくのは、見たくないんだって」
日々出勤する予定の40人は、派閥を形成してくれるなとお達しが出ている。
「派閥があるとね、いくつもの考えや主張が出てきちゃうんだって」
「やがてそれが対立するようになる?」
「そういうことだと思うよ」
「派閥の主導権争いに負けたら、店辞めるしかないもんね」
「そうそう。それが店に貢献してるしていないは関係無くね」
「居場所が無くなるってことか…」
いわゆる人間関係だ。
彼は、この人間関係をかなり重視している。
考えとしてはこうだ。
会社の頂点が彼だとすると、次の段がイシハラくんとコマツくん。
さらにその次の段は、フラットだという。
そこに力関係が加わると、団体、組織としては機能しない。
とにかく、働きやすい環境と稼げる環境を提供する必要があるとのことだった。
「ボスってすごいね!そんなことまで考えるもんなんだ?」
「昔から只者じゃないと思ってたけど、想像のさらに上に居るよ」
「情報の吸収力と観察力は、半端じゃないからね」
『ボス』を『ボーイ』時代から知る、この2人も驚かされるばかりだという。
「ユイ」
「はい!」
完成したばかりのVIPルームに呼ばれた。
「ナイレポのソメヤって覚えてるか?」
「覚えてない。っていうか知らないかも」
ナイレポは覚えていた。
彼と最初で最後のプチケンカをした原因の1つだった。
ソメヤとはナイレポの編集長だという。
私の場合、取材を受けただけで、編集長とは面識が無かった。
「夕方、来るってさ」
「そうなんだ。取材?」
「一面に載せてもらうかな」
「良い宣伝効果になればいいね」
「ああ」
「ボス!」
「こっち。VIPだ」
コマツくんが血相を変えてエレベーターを降りてきた。
「ボス!今、ルミとヨウコから連絡があったんですが」
「ルミ、ヨウコ?誰だっけ?」
私が覚えているくらいなのに、彼はキョトンとした表情だった。
この表情をするときの彼は、本当に覚えていない。
「例のタレントの子達ですよ。シズカが紹介してくれた」
「あー!どうした?」
私の知っている彼は、この時点で50%も思い出していない。
話の内容、相手の表情から徐々に思い出すのだ。
悪気は無いのだが、彼は物忘れが酷い。
「たまたまタウン情報誌を2人が見ていたらしいんですが」
「フリーマガジンみたいなの?」
「はい。目黒区のラブホテルがVIPルームっていうのがあるらしいんです」
「コンプライアンス上は?」
「おそらく無いと思いますが、同類項として思われるとイメージが悪いですよね」
「営業許可関連は?」
「それは変更は可能です」
「看板も発注し直さなきゃいけないよな?どうすっか…」
イメージが先行するこの業界では、店名というのはそれらを決定付ける。
店名というのは、雰囲気に合った名前を付ける。
その店名が商売内容やカラーをイメージさせると言っても過言ではない。
ソープランドと同じ名前では、内容を履き違えて来店されても困る。
「店名を差し替えよう。コマツ、急いで発注し直してくれ」
「店名はどうしますか?」
「大阪で感じた空気、エナジーを感じた。その上のハイエナジーで変更してくれ」
「良いですね。では変更を掛けます。あと名刺発注も変更してきます」
場末のラブホテルと同じ名前では、悪いイメージが先行してしまう。
類似店名が無いか調べるのと共に、変更手配を掛けた。
「ルミとヨウコのファインプレーだな」
彼の言葉に何も言えなかった。
私が思うに、全ては彼のファインプレーと思う。
ルミちゃんとヨウコちゃんを連れてきたシズカちゃん。
そのシズカちゃんをスカウトしてきた彼。
それに対して、小さなこだわりを持って意固地になっていた私。
せめて彼の幸運を私が落とす事の無いようにせねば。
みんなも知っている。
彼には、幸運の女神が付いて回っていることを。