ユイ4
私はオガタからの連絡を待つ間、ずっとお母さんと時間を共にした。
それは大切な時間となった。
今の私の気持ちや考えをお母さんに聞いてもらう貴重な時間となっていた。
ある日、久しぶりにメグミから連絡があった。
「ユイ、久しぶり」
「メグ、元気?」
「ちょっと遊びに行っていい?」
「うん。おいでよ」
メグミはあるバンドのライブチケットを持ってきた。
「ユイ、ライブ一緒に行こうよ」
「誰?」
「ファイ知らないの?」
80年代、日本の音楽シーンに絶大な影響を及ぼしたロックバンドのファイ。
確かに名前は知っていた。
男の子達がコピーバンドをしていたのを知っていた。
この頃はファイは、武道館でのコンサートを成功させ、頂点に立っていた。
「うん、連れてって」
「じゃ明後日に駅で待ち合わせね」
メグミに連れて行ってもらった、ファイのライブに私は衝撃を受けた。
それからというもの、東京近郊で行われるライブにはかなりの頻度で行った。
2人でファンクラブにも入った。
ファイは私に夢を与えるのではなく、思春期の私の心を席巻した。
ファイのライブに行くときは、活き活きしているとお母さんが行ったくらいだった。
ひたすら追い掛けては、私を痺れさせてくれた。
私の中でここまで熱中出来る何かがあっただろうか。
「メグ、チケット届いた?」
「ファンミーティングのでしょ?届いたよ!」
「100人限定ってすごいよね」
「メンバーをすごい近い距離で見れるね」
私とメグミはその日が来るのが待ち遠しかった。
四六時中、ファイのCDを聞いて、ビデオは擦り切れるほど観ていた。
気が付けばファイのナンバーの鼻歌を歌い、歌詞をノートに書き出したりしていた。
そしてその当日。
いつものようにメグミと駅で待ち合わせをして、ライブハウスへと向かった。
「別のファンクラブの子に聞いたんだけどさ」
「うんうん」
「ファンミーティングのときに圭介が首に巻いてるタオルを投げるんだって」
メグミのいう圭介とはファイのボーカルのことだ。
「それを受け取った子は、一緒にご飯食べれるらしいよ」
「すごいね」
会場に着くといつもよりは人が少ない。
抽選で選ばれた会員しか入れないからだ。
行列も少なく、すんなりと会場に入れた。
「ファイのライブにしては小規模だね」
「今日はライブ半分、トーク半分くらいだって話だよ」
「そうなんだ」
「すごいステージが近いね」
「緊張する」
定刻になってライブは始まった。
いつもと同じ、ファイのファーストアルバムに収録されているナンバーからだ。
ノンストップで3曲を歌い終えると、照明が明るくなった。
バンドメンバーのMCが始まる。
それぞれ歌っている声は聞いていた。
地声で話している声というのは新鮮だった。
2時間のファンミーティングは、あっという間だった。
そしてラストの曲が終わると照明が全て落とされた。
アンコールの拍手が会場を包む。
薄暗い会場のざわめきの中、鳴り止まないアンコール。
メンバーが戻ってくるまでのこの間がたまらなかった。
照明が明るくなり、衣装を着替えたメンバーが再登場する。
ボーカルの圭介は、お決まりのタオルを首から下げていた。
「ユイ、あのタオルだよ!」
「私、小さいから飛んできても届かないよ」
「とにかく来たら飛びついてね」
アンコールの1曲目のイントロが演奏されたとき、圭介と私は目が合った気がした。
投げ込まれたタオルは一直線に私に飛んでくる。
「ユイ、取って!」
メグミの叫び声も虚しく、タオルは飛び上がった私の頭の上を通過していった。
「ああ、残念…」
アンコールは3曲で終了した。
ライブ会場を跡にしようとした私達に、会場のスタッフだろうか、声を掛けてきた。
「ファイのメンバーが待っています。別の出口からどうぞ」
「ええ!」
メグミが開いた口を手で覆った。
私達は、スタッフに案内され裏口からライブ会場から出た。
裏口には出待ちをしているファンの女の子達がたくさん居た。
「ここに書いてあるホテルのバーでメンバーが待ってるから」
スタッフの男が手を挙げるとタクシーが止まった。
「やっぱりあのとき、私達にタオル投げてくれてたんだね」
「どうだろうね。分かんないけど直接誘ってくれるとは思わなかったよね」
ホテルに到着するとフロントでバーの場所を聞いた。
そこには、まだメンバーは来ていなかった。
「あ!」
メグミの視線の先は、ファイのメンバーがこちらに歩いてきていた。
私は柄にも無く、緊張していた。
何を話したか覚えていない。
メンバーは私たちのことを17歳だと知らないのだろう。
カクテルを飲まされていた記憶がある。
しばらく談笑をしていると圭介が私の手をそっと引いていった。
エレベーターに2人で乗ると圭介の部屋に連れて行かれた。
部屋に入るなり、いきなりキスをされた。
無抵抗のまま、ベッドに連れて行かれ、私は抱かれた。
オガタを信じて待っている身で、憧れのバンドのボーカルに抱かれた。
私はオガタへの罪悪感は無かった。
圭介は私の中で果てた。
部屋を出るとき、圭介から連絡先を教えてもらった。
私は実家とのこともあり、ポケットベルの番号を渡した。
翌日、メグミから連絡があった。
学校が終わったら、家に来るという。
「ねえ!ユイあれからどうしたのよ?」
「圭介に手を引っ張られて、部屋に連れて行かれた…」
「圭介の女になったの?」
「っぽい…。連絡先交換した。また連絡するって」
「すごいじゃん!」
「メグ…誰にも言わないで」
「分かった。騒ぎになったら困るもんね」
興奮するメグミを見ながら、私はメグミほどはしゃいでいなかった。
妊娠していたらどうしよう、オガタには何と話そうか…。
それから数ヶ月、圭介からホテルに呼び出されては抱かれた。
圭介はいつも躊躇いもなく、私の中で果てた。
その間、ファイはシングルでとうとう1位になる。
テレビに露出しないスタンスであったファイの名前は、一気に全国区になる。
しかし絶頂期の中にあったクリスマスイブの日、ファイは渋谷公会堂で解散宣言をした。
翌日の新聞には、ラストライブを東京ドームで行うと出ていた。
ちょうどその頃、私は体調の異変を感じた。
思い当たる節はあった。
圭介の子供を妊娠しているのではないかと。
私は誰にも言えなかった。
メグミに産婦人科へ行くのに付き合ってもらった。
「ユイ、どうだった?」
「妊娠してた…」
「産むんでしょ?」
「産む訳ないじゃん!」
私は帰宅すると圭介に連絡を取った。