ユイ37
彼の言うとおりラジオをオンにすると、チャンネルは彼が合わせた。
(そろそろ時刻は午前0時を迎えようとしています。それではここで、お便りをご紹介したい
と思います。東京都から。今、彼の隣でラジオを聴いているユイちゃんへ。今から
午前0時を過ぎると俺は18歳になる)
「ユイちゃんだって。奇遇だね」
彼は黙って、タバコの煙を吐いた。
(知り合って、付き合って、同棲して。いつの間にか1年半以上になるよね。ケンカした
こともあったけど、いつも側で支えていてくれて感謝している)
「ん?」
(心からありがとうと感謝の気持ちを込めて後部座席に置いてあるプレゼントを渡したい)
「ええ!何?」
彼は人差し指立ててを口に当てていた。
信じられない表情で振り返ると小さな箱が置いてあった。
(ラジオを聴いてるユイちゃん。プレゼントは確認出来たかな?それでは開けてみて!
彼からの言葉を待ってください。ラジオをお聴きのみなさんはここまででーす)
「えええ!」
箱を開けるとそこに指輪が入っていた。
呼吸が止まった。
時間も止まった。
周囲の雑踏も聞こえなくなった。
しばらくして、ラジオから流れる音が少しずつ聞こえてきた。
(ユイちゃんの返事また送ってね!時刻は午前0時になります。プ、プ、プ、ピー!)
「ユイ、結婚しよう!」
彼の言葉に私は震えが止まらなかった。
嬉しさのあまり、涙がこぼれた。
「一生…あなたの側で添い遂げます」
(現在の時刻は午前0時を3分程、過ぎたところです。それでは次のお便りを紹介します…)
彼はラジオを切った。
「もうこんなに誰かを好きになって、大切に思うこと」
「はい」
「その人から俺と同じ気持ちで愛されることは2度とないだろう」
「私が最後の女になる!」
「あはは。なってもらわなきゃ困るよ」
「うん!私の今日の勘が当たった!」
「そう言えばそんなこと言ってたね」
「ちょっと外に出ようよ」
「いいよ」
車の外は、少し風が強かった。
私よりかなり背が高い、彼に抱きついた。
「不束者ですが、どうぞ宜しくお願いします」
「ああ。頼むよ」
いつか、この日が来ると信じていた。
うっかり忘れていた、付き合っていた期間も彼は覚えていた。
感動させられる演出にも、彼を喜ばせる、気の利いた返事が出なかった。
人間というのは、大きな感動に直面すると1つしか言葉が出ないという。
ストレートに出てくる言葉。
私の場合は、そばに添い遂げさせて欲しいという一言だった。
強く抱きしめると、同じ強さで彼が抱きしめてくれた。
それは心地良い強さであり、心地良い痛みだった。
「ねえ、指輪をはめて」
「ああ、いいよ」
彼は私の左手を持ち上げた。
私は薬指だけを差し出すことが出来ず、指が迷子のようになっていた。
「あはは。何やってんだよユイ」
「私、不器用なのかな」
彼が左手の薬指に指輪をはめてくれると、指にキスをしてくれた。
私は左手の掌を夜空に向けて、輝いている指輪を見た。
「ビデオでも撮っておけばよかったね」
「よせよ。恥ずかしいっての!」
「何年経ってもそのビデオ見てニヤニヤしたりしてさ」
「何だかな」
「私の夢の半分が叶ったの」
「半分?」
「うん」
私は彼のお嫁さんになることと彼の子供を産むことが夢だと説明した。
「普通だと思ってる幸せを継続していくは難しいことだよ」
「うん」
「早くユイの夢が叶うようにしないとな」
「帰ったらえっちしよう」
「あはは」
マンションへ帰る道中、このサプライズについて聞いた。
「いつから仕込んでたの?」
「そういうのを聞くのは野暮だろ」
「聞きたい」
私と彼は帰宅すると、まず貴金属を外し、所定の場所の箱の中に入れる。
いくつかある中、その日の気分で選ぶ。
中にはしばらく身に付けない物もある。
彼はそれを持って、私の指のサイズを調べてくれた。
決してマメではない彼が、そのような行動をしてくれたことに感激した。
ラジオについては、横浜Mをアレンジしたものだという。
仲間内で誕生日の日にバースデーナンバーをリクエストしていた。
通常のリクエストナンバーではなく、照明もBGMも変わる。
するとDJがお祝いのコメントを添えるのだ。
ダンスホール全てが祝福してくれる。
当の本人にとっては、サプライズだろう。
「正直なところ、段取りしてる途中は面白かったよ」
「私がどんな顔するか?」
「それもあるけどね。やっぱイメージをするのって面白いよ」
「店作りに共通してるよ」
「そそ」
「私は心臓が止まるかと思ったよ」
「あはは。そうか」
「サプライズされる側は、心の準備も何も無いからね」
「だからサプライズなんだってば」
「だよね。すごく感動した」
私は、とある分岐のところで彼に提案した。
「実家に行ってもいい?」
「もちろんいいよ。挨拶しなきゃな」
「ありがと」
彼の答えをもらうと母に電話を入れた。
「ユイ、旦那連れて行くから。30分くらいで行く」
電話を切ると彼がビックリしていた。
「ずいぶん簡単なやり取りだな」
「そんな電話が来ると思ってるような感じだったよ」
「俺のこと知ってんの?」
「ご存知よ」
実家に着くと、母が行きつけの寿司屋から出前を取ってくれていた。
「いらっしゃい。マナブくんね?」
「突然すいません」
「どうぞどうぞ」
私達は、リビングに通された。
「こんなものしか用意出来なくてすいませんね」
「いえ、ありがとうございます」
「ユイ、冷蔵庫にある瓶ビールとコップ持ってきて」
「はーい」
母はビールおろか、お酒を飲まない。
30分の間に用意してくれたのだった。
栓抜きが見付からず、母を呼んだ。
「お母さん、栓抜きどこ?」
母はキッチンの引き出しの中から、栓抜きを取り出した。
「病院で診てもらったこと話したの?」
「大丈夫そうだから、まだ言ってない」
「ささ、どうぞ」
「頂きます」
「堅苦しい挨拶は抜きね。娘を幸せにしてやって下さい」
「必ず幸せになります」
「『します』って言わないところが良いわね」
「自分が幸せじゃなきゃ、ユイも幸せではありませんから」
「2人で幸せになるんだもん」
「そうね。早く孫を見せてくださいな。私はそれだけで十分」
「分かりました」
母は気を使ってか、彼にあまり話させないようにしていた。
その夜は3人で遅くまで話していた。