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ユイ33

彼が大阪に出張に行っている間に、病院で検査を受けた。


昨夜、早く寝た私はマンションへ帰ることにした。


鍵を開けると、彼の居ない部屋がやけに広く感じた。

仕事帰り、私が先に帰ることは多々あるが、今日も彼は帰らない。

掃除、洗濯を済ませると、帰ってこない彼を待つようにドアを見つめていた。

「2日も逢わないと結構寂しいかも…」

ソファの上で膝を抱えた。


静寂の中、携帯が鳴る。

「もしもし?」

「ユイ、どこ?」

「何だ、ユミさんか…。マンションに居るよ。どうしたの?」

「暇なんでしょ?」

「暇だけど?」

「マナブが大阪に行っちゃってるんだって?」

「何で知ってんの?」

「あはは。私の情報網をナメるな。ランチ行くよ!」

孤独で時間を持て余していたところだった。

もちろん拒否することもなく、快諾した。


外は雨が降っていた。

私は彼が雨降りの日のドライブが好きだと聞いた。

それ以来、私も雨の日に車に乗るのが好きになっていた。

ラジオも聞かず、CDも聞かず。

ただ車に当たる雨の音を聞く。

彼の真似をしていた。


信号待ちで停まっていると、急にエアコンの調子が悪くなった。

「え?何?」

窓ガラスがみるみる曇っていく。

少しだけ窓を開けて、曇りを取る。

待ち合わせの場所に行くと、ユミさんがすでに来ていた。

ユミさんは私の車を見つけると、小走りでやってきた。

「予報じゃ降るなんて言ってなかったのにね!」

「そうなの?」

「ちょっとユイ!エアコン効いてなくない?」

「1分前に壊れたっぽい…」

「ちょっとー!」

バケツを引っくり返したような雨があがると、太陽が日差しを取り戻した。


「ユイ、ちょっと暑いよ!」

「困っちゃったね。どうしよう?」

「修理入れるところ、知ってんの?」

「分かんない」

「とりあえずご飯先に行くか…」

「雨あがったから、窓開けようよ」

「そだね」

車を走らせること、30分。

ユミさん推奨のイタリア料理屋に到着した。


「最悪なドライブだったですね」

「私が車出せば良かったと公開してるよ」

2人で小言を言いながら、店内に入った。


「どうも。2人で予約しといたんだけど?」

「ユミさん、どうもです…?い、いらっしゃいませ…」

「どうしたの?」

「あ、いや…」

キャッシャーの店員が笑いを堪えているのか、びっくりしているのか。

微妙な表情で出迎えた。


「ユミさん!ちょっと!」

店員の表情の意味するものが、ユミさんを見て分かった。

「何よ、ユイ…」

雨上がりの晴天で、湿気と汗が主因だろう。

ユミさんの化粧は剥がれ、ピエロのようになっていた。

アイラインは流れ落ち、黒い涙を流していた。

髪もおでこ全開で、長い髪は右から左へと台風でも通り過ぎたかのようだ。

「あはは!」

「ユミさん、鏡見てきてよ」

「何!」

慌ててトイレに行ったユミさんの大爆笑する声が聞こえた。


「ちょっと待ってて下さいね」

「ごゆっくり」

ユミさんの慌て振りに、さすがに店員から笑みがこぼれる。


トイレに入るとユミさんが化粧直ししていた。

「ユイの車のせいよ!」

「ごめんね。ユミさん…」

「鏡見てびっくりよ。自分の姿を見て、怪獣かと思ったわよ」

「夢に見ちゃうね」

「本当に怖いわ…ってコラ!」

「あはは。お腹痛い!」

かなりの時間を掛けて、ボサボサの髪と雪崩が発生したような化粧を直した。


やっとのことで、私達は席に着いた。

「ユミさん、仕事はしてないの?」

「貯蓄があるし、今の彼が会社社長だからね」

「悠々自適なんだ」

「まあね。マナブの店の方は進んでんの?」

「もうちょっとでオープンだね」

「いよいよか。しかし早かったな。あの子と逢ってまだ2年経ってないよ」

「すごいよね」


ユミさんは高校の先輩でもあり、私の数少ない、良き理解者。

彼のことをも弟のように想ってくれており、早くから彼の大器を見抜いていた。

私と彼の付き合いも常に応援してくれていた。

何より、私達のキューピット的存在でもあった。

「みんなの前で付き合っちゃったんだよね」

「あの日…付き合うんだなって何となく思ってた」

「へえ」

「付き合おう、振らないでねってセリフに失神しそうになったよ」

「失禁すれば良かったのに…」

「ヤダー!汚いな」


それからユミさんは、彼と付き合うまでの心境を、根掘り葉掘り聞いてきた。

「初めて逢ったときはどうだった?」

「真っ赤になって何も話せなかったの」

「あはは。接客中だったんじゃないの?ちゃんと仕事しろよ」

「本当だよね」

「確か…あの子、連絡先を聞かなかったんだよね?」

「そう。その日の遅くにユミさんに連絡したの」

「ああ、覚えてるよ。あの日だったのか」

「ユミさんの最後の営業日だって、すごい緊張した」

ユミさんのイベントという大義名分があって、彼に逢いに行ける。

私にとっては、この上ないラッキーだった。

有頂天だったのが、ユミさんにだけはバレていた。


その営業も一緒に行ったチハルとの話はうわの空。

彼を目で追っていたのは言うまでもない。

「仕事してる姿見て、惚れ直したというか…」

「始まっても無い頃に、直すって意味が分かんないよ」

「あはは。ですよね」

「ユイは日本語がままならないからな」

「でもね、そのときも話せなくて、私なんか興味無いのかなって思ったの」

「マナブは営業中でしょ?しょうがないよ」

2人で同時のことを振り返りながら、笑って話した。


「飲みに誘うときも勇気だしたもん」

「そうだったの?」

「チハルにも上出来、立派だったって言われた」

泣きそうなくらい緊張していた。

顔や耳が赤くなっていたかも知れない。

それほど彼に声を掛けるのは、一大決心だったのだ。

女から誘うなんてことを彼が嫌だったらどうしよう。

誘って断られたらどうしよう。

水商売で稼げるようになったという、その気になっていたプライドは、微塵もなかった。


「アンタ…確かに変わったよ」

「そう?」

「可愛くなったよ」

「彼だけに可愛いって言われればいい」

「そういうところが変わったよ」


人目を気にし、プライドが高く、人を信じない。

そんな生き方をしていたのだ。


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