ユイ32
体の異変を感じた私は、検査入院の予約を取った。
彼の居ないマンションは、寂し過ぎる。
私は母の居る、実家に戻ることにした。
「ただいま」
「おかえり」
母はいつもと同じように私を出迎えた。
「何かあったの?」
「ううん。ちょっと調子悪いから病院へ検査に行こうと思って」
「また彼に言ってないんだ?」
「そういうこと…」
睡眠時間もままなら無いほど、多忙な彼の言えない事情を話した。
「いよいよ、ユイも分からない女ね」
「そう?」
「そんなことも気軽に言えないなんて、おかしいと思わない?」
「今みたいな時期じゃなかったら話してたよ」
「そうかしら?」
「たぶんね」
母の言い分は、十分分かる。
ただ私は、彼の足手まといになりたくなかった。
「彼は仕事に対して、ストイック過ぎるのね」
「大きな仕事をやり遂げようとしてるのよ」
「母としては、娘の心配をするわよ」
「どんな?」
「ユイに何かあったときに、彼が仕事だったらどうするの?」
「必ず掛け付けてくれるわよ」
「だといいけどね」
「それは信頼関係あるもん」
「気を遣い合うのもいいけど、その辺はハッキリさせとかないと」
「何かテレパシーみたいなの感じるから大丈夫」
「キリのいいところで、ご飯でも食べに行こうか」
母と行き付けのお寿司屋さんに行った。
私とは母は、少しお酒を飲んでしばらくすると帰宅した。
「はい…」
「ユイ!ごめん、寝てたの?」
「今から寝ようとしてた」
「もうホテルなんだ。こっちはこれからお通夜なの」
「喪服持って行ったっけ?」
「ううん。母親に持ってきてもらったから。眠そうだからまた電話するね」
「あいよ。またな」
アリバイ工作ではないが、彼に連絡を入れておいた。
彼がこの時間に寝ようとするのは、おかしい時間帯だ。
やはり疲労が蓄積されているのだろう。
私も明日は、人間ドックだ。
早めに休むことにした。
私は朝早くから、病院へと向かった。
精密検査を受ければ、何らかの疾患や臓器の異常や健康度などを把握できる。
異常が無かったとしても、概ねの健康問題について助言、指導を受けれる。
人間とは不思議なもので、関係の無い人間に大丈夫だと言われても信じない。
しかし専門知識を持っている人間に説明されると納得する。
今の私が欲しいのは、医者から大丈夫という一言が欲しいのだ。
病院から勧められたコースは、半日で終わるコースだった。
検査項目の多くは、その日の内に結果が出るものが多い。
専門機関に移行する項目は、数日から1週間を要するという。
問診をするのに、看護婦がやって来た。
「食事を最後に摂ったのは、何時間前ですか?」
「30分くらい前です」
「え?あ…はい。起床されてからお茶やコーヒー等は飲まれましたか?」
「はい。先ほど受付で待っているときに」
「えっと…人間ドックは初めてですか?」
「そうですね」
看護婦は困っている表情だった。
通常、前日の21時くらいから胃の中は、空にしないといけないらしい。
またコーヒーも糖の値が正常に出ないようとのことだった。
食事を摂って、コーヒーを飲むと調べるのに別料金を要すると説明された。
「構いませんので、お願いします」
指定された番号に沿って、順番に回っていく。
身長体重は、学生時代から変わらず、150センチ、37キロだった。
血圧はいつも通り低く、70の30で低血圧と診断された。
その後、尿検査、採血や心電図、レントゲンに胃カメラの順番に回った。
最後に診察を受けると、現状での色々な点を注意された。
今何か合ってもおかしくない、血圧の低さ。
ショック死しそうなほど、低いと言われた。
水商売という職業柄、不規則な食事と内容も注意された。
しばらくして尿検査や採血の結果が送られてくるという話だった。
何だかんだで病院を出たとき、辺りが暗くなっていた。
「ただいま」
「おかえり」
「お母さん、お腹空いた」
「何か食べに行く?」
「お母さんって、全然料理しなくなったね」
「私独りしかいないんだもん。全然しないよ」
結局、私と母は2日連続で同じ店に行った。
「どっか悪いところ出てきた?」
「血圧が低過ぎるって。あと体重も少な過ぎるってさ」
「よく食べる子だったんだけどね」
「太らない性質なのよ」
「前日夜に、食事してお酒飲んだのも、朝コーヒー飲んだも怒られちゃった」
「何で?」
「普通は絶食するんだって」
「お腹空いちゃうじゃんね」
私も母も知らなかった。
「普通はそうなんだよ」
店の大将や職人が話に参加してきた。
「会社勤めしてれば、健康診断とかでそう言われますよ」
「そうなんだ」
父は私が小さな頃に他界していた。
サラリーマン家庭であれば、このようなことは知っているのだろう。
常識と言わんばかりのそのセリフに寂しさを感じた。
「じゃお会計して。大将またね」
母が会計を済ませると帰宅した。
「ユイ」
「何?」
「さっきの気にしてる?」
「ああ、あのセリフね。ちょっとムカついた」
「やっぱりね。表情にすぐ出るんだから」
「彼に電話しよっと」
元私の部屋に向かった。
「もしもし」
「ずいぶん静かなとこに居るじゃない」
「疲れたから帰ってきた」
「まだ24時前なのに?」
「イシハラとコマツはもう1軒行くってさ。ランパブに」
「あはは、で1人大人しく帰ってきたの?」
「そうだよ」
「エライね。明日は?」
「コマツの話だとキタに行くって」
「大阪駅の方だね。あんまり飲み過ぎないでね」
「ああ。また電話するよ」
彼の言うランパブとは、ランジェリーパブのことだ。
接客する女の子が、下着姿だということらしい。
私を気遣ってか、彼は1人帰って来たという。
それか相当な疲れが溜まっているか。
「お母さん」
「寝てなかったの?」
「明日、墓参り行こうよ」
「お父さんの?いいわよ」
「じゃ、寝るね」
「何時頃、起きる予定?」
「適当」
「お母さんの方が早かったら、起こすね」
「うん、分かった」
明日は、父の墓参りにでも行こう。
寿司屋での話が気になっていたのは確かだ。
彼と一緒になってから、こんな長い時間離れていたことがない。
寂しさを感じる前に寝てしまおうと思った。