ユイ3
男を刺した私をオガタが止めに入った。
私は男を刺すことに何も抵抗が無かった。
男は保健室で処置を受けただけで帰って行ったという。
「彼が被害届け出したら大事だぞ」
「構わないよ。私は自分を守っただけだから」
「それは見ていた先生達が証言してやる。けど…」
「いい。もう学校辞める」
「おい…」
オガタも私との関係が発端となっていることに責任を感じていたのだろう。
帰宅すると母に事情を説明した。
「お母さん、ごめんなさい」
「どんな理由があったとしても、人を傷付けることはいけないことよ」
「分かってるけど、許せなかったの」
「これからどうするの?」
「お父さんと話してから、考えてみるね」
「そう…」
翌日、私は父の墓がある横浜へと向かった。
墓参りに行く前にお婆ちゃんの家に立ち寄った。
「こんにちわ」
「ユイちゃん!どうしたの?」
「お父さんのお墓に行こうよ」
「いいけど…学校は?」
「辞めてきちゃった」
「あらあら。それでお父さんにこれからのことを相談しに?」
「うん」
私とお婆ちゃんは、父の墓前に花を手向け、線香をあげた。
「住職さんと話しあるから、2人で話してなさい」
「うん」
今の私には、父の声は何も聞こえなかった。
どんなに問いかけても、父は応えてくれなかった。
地元へ戻る途中、ユミさんに連絡をした。
「今、ユカと一緒よ。駅で買い物してるから着いたらベル鳴らしな」
「はい」
駅の近所でユミさんに連絡を取るとご飯を食べているとのことだった。
「ユイ、どしたの?」
「アンタ、表情が冴えないね」
「はい、実は…」
オガタのことや学校であったこと、お父さんに逢いに行ったことを話した。
「らしいっちゃらしいけど、褒められたもんじゃないのは分かるよね?」
「もちろんです」
「学校辞めてどうすんのよ?」
「お父さんに聞きに行ったんだけど、何も応えてくれませんでした」
ユカさんが溜息をついた。
「ユイ、お父さんは何も応えてくれないの。自分がしたこと、これからのことを考えなきゃ」
「ですね」
しばらく心情を吐露していたが、答えは出ず、きっかけも作れなかった。
「今、2人は何してるんですか?」
「駅の反対側でキャバ嬢やってるよ」
「キャバ嬢?」
「キャバクラ知らない?」
当時ではキャバクラという言葉は浸透していなかった。
キャバレーとクラブを足して2で割ったような店という。
キャバレーの明朗会計な大衆さと、それでいてクラブのような高級感が味わえるという。
「水商売ってことですか?」
「そうよ」
「でもユイは18歳になってないから働けないわ」
「そうですか…」
帰宅すると母が私を外食に誘ってくれた。
母は店に向かう道中も食事中も終始、無言だった。
「お母さん、怒ってる?」
「ううん。怒ってないよ」
「お父さんね、何も言ってくれなかったの」
「だろうね」
「どうして分かるの?」
「今のユイに愛情が見えないからじゃない?」
「愛情?」
「異性の誰かを好きになっても愛情までは無い。友達への友情も無い」
「確かに…」
「あるのは寂しさと孤独感。それじゃお父さんは何も言ってくれないよ」
「ちょっと納得…」
「母一人、子一人なんだから心配掛けなきゃ、何やってもいいわよ」
「お母さん」
「社会を見てくるのも良い。とりあえず今のユイに無いものを探してきなさい」
「ありがとう」
母と自宅に戻るとオガタが玄関前で待っていた。
「ユイ、入ってもらいなさい」
「どうぞ」
オガタは今回の一件で学校から異動を命じられたとのことだった。
「しょうがないよね。教育実習が女子高生に手を出してんだから」
「そういうなよ」
「事実じゃん」
オガタは神妙な面持ちに変わると静かに口を開いた。
「俺…教師になるのを辞めようと思う」
「はあ?」
「土方でもトラックの運転手でもして、働こうと思ってるんだ」
「バカじゃないの?」
「ユイ!」
「何よ!」
「俺と結婚してくれないか!」
青天の霹靂だった。
私は呆然として、言葉が出ない。
「お母さんにも挨拶をしたいんだ」
「ちょっと待ってよ!まだ私が返事してないでしょ」
オガタは何振り構わず、私の手を握ると母の要るリビングへと向かった。
母は、いきなりのオガタの話に理解をしていた。
「お母さん!」
「いいんじゃないの?社会勉強よ」
「お母さん、ありがとうございます!」
「ちょっと!」
オガタは真っ直ぐな男だった。
熱血でいて、素直なところが私が受け入れられた要因だ。
確かに男女の仲になるほどだ。
オガタのことを嫌いではない。
好きと聞かれると好きと答えるだろう。
お母さんの言うとおり、愛情はと聞かれると沈黙で答えるかもしれない。
「お母さん、ユイ!半年くれないか?」
オガタは職探しと、その仕事が安定するまでに時間が欲しいとのことだった。
一方的な自分の意見だけを言って、オガタは帰っていった。
「ユイ、あの人のこと信じてみれば?」
「信じる…」
「そう。半年経ってちゃんとしてれば、お嫁になってあげればいいじゃない」
「信じてみようかな」
「今のユイには、そういう感情が必要なのよ」
私は根本的に特定の人間しか信用できない。
妬まれるのが大嫌いだった。
だから私が尊敬できる人間しか信用できなかった。
お母さんであったり、ユミさんやユカさんくらいだろう。
私はお母さんの言葉通り、オガタを信じて待ってみることにした。
確かに誰かを信じたい気持ちはある。
しかしオガタを信じるに値するかは、今のところ疑心暗鬼だった。
オガタはしばらく連絡もしてこなかった。