ユイ29
厳密に言うと、彼はまだ17歳だった。
確かに来月には18歳になるが、世間では通用する年齢ではない。
特定の地域で、特定の業界でスーパースター的存在であってもだ。
私の頼みであれば、名義を貸してくれる客はたくさん居る。
それはもちろん、社会的地位や名声もある人間達だ。
しかしここで私のコネクションを使ってしまうと、彼のプライドが傷付く。
黙って見ているしかないのだが、不思議と期待させる何かが彼にはあった。
現状としては、彼も何らかの手段を講じることは出来なかった。
そして幸運は、やはり彼の元に降りてくるのだった。
自由が丘のオープンカフェに居たときだった。
「よう!久しぶりだな」
「親分!」
彼が親分と呼んだ男は、蘭三郎のママを預かっているという人だった。
蘭三郎のママの一件では、私も業を煮やした。
しかし彼とこの親分の話し合いで、水に流せる結果となったのだった。
しばらく2人は談笑していた。
この親分は、この辺りを仕切るヤクザの組長とのことだった。
若い衆を何人も連れていたが、周囲に迷惑が掛からないようにしている風だった。
傍から見ると面白いことに気がついた。
17歳の少年とヤクザの親分が、オープンカフェで談笑しているのだ。
しかも冗談も交えながら、仲良く話している。
私は思わず、微笑した。
「これが俺の名刺だ。変なことに使うんじゃねえぞ」
「分かりました。あの…」
「あいつか?お前が許可したからまだ店やってるぞ」
「許可だなんてそんなレベルの人間じゃないですよ」
「ユミがお前を試せって言った内容が分かるよ。その歳で独立するんだからな」
「成功するかはまた別の話ですよ」
「そうか。何か困ったことがあれば言ってこいよ。この近所に事務所があるんだ」
親分は急用が入り、街の中に消えていった。
「ねえ、ヤクザなんかと仲良くして大丈夫なの?」
「付き合ってる訳じゃないんだ。ちゃんと線は引いてる」
「ならいいんだけど…」
心配していた。
ヤクザはヤクザだからだ。
自分の都合がいいときには、天使のような顔をする。
敵に回せば、ただ付きまとう悪魔になる。
しかし彼には、先見の明がある。
人を見抜く見識がずば抜けているのだ。
その能力を、彼自身を信じるしかなかった。
イシハラくん達がやってきた。
「ボス、やっぱりダメっすね」
「年齢の話を聞いてから、態度を硬化させたままですよ」
「今からちょっと行ってみるか。ユイ1000万おろしてきてくれ。見せ金に使う」
「分かった。ボディーガードでイシハラくんついて来て」
「了解です。キッチリお守りしますよ」
「じゃコマツは、俺を案内してくれ」
「はい」
彼の指示によって、4人は別れて行動した。
「マコちゃんとは仲良くやってるの?」
「ボスに嫉妬してますよ」
「あはは。何か分かる気がする」
「どうしてっすか?」
「私もたまに思うときあるから」
「俺にとってボスは、絶対的存在なんすよ」
「私にとってもそうよ」
私とイシハラくんは、彼を想う気持ちが似ていた。
「人生が変わったっていうか…」
「生きる道が変わったって感じっすよね」
「私の場合は、生きる術が分からなかったの」
「俺もっすね…」
同じ気持ちを持った2人が彼を慕う。
「俺は何があってもボスに着いていきます」
「私もよ」
「コマツさんも同じっすよ。みんなでボスを盛り立てましょうよ」
「そうね」
彼の口座から1000万をおろすと合流地点へと向かった。
「おろしてきたよ」
「ボス、どのようにされるつもりです?」
「全く無策だよ。どうしようか?とりあえず話してみよう」
彼は不動産屋へと入って行った。
「こんにちわ」
「よう!今日は何度も逢うな」
「親分!こんなところでどうしたんですか?」
「トラブルの対処の相談だ。お前こそ場違いだろう?」
彼は店を借りるのに18歳では借りれなかった旨の説明をした。
「金はちゃんと払うんだろう?」
「もちろんです」
「じゃ俺が保証人になってやる。社長、それで問題は無いだろう」
「親分さんがそう言うなら、一向に構いません」
「社長さん、本当によろしいですか?私は親分無しでもお願いしようとお伺いしています」
「この親分がこのようなことをおっしゃるような方ではありません。あなたはそれほどの方
なのでしょう。信用致しますよ。では明日にでも契約書を用意致しますので」
「分かりました。親分ありがとうございました」
「オープンの日が決まったら教えろ。花輪くらい出してやるよ」
あっけない結果だった。
彼はこれで店を契約することが出来たのだ。
やはり彼は、幸運な星の下に生まれているのだ。
行動を起こさずに何もしなければ、結果は生まれてこない。
もちろん何も始まらない。
暗く狭い場所で呟くだけでは、誰も耳を貸さないだろう。
誰も助けてはくれないだろう。
彼はそれを身をもって実行したのだ。
立ち止まっていては、明るい未来などありはしないと私達に教えるように。
「あれ、ユイさん?どうかされました?」
驚きと同時に感心していた私に、イシハラくんが話し掛けてきた。
「いや…ラッキーだなって。交渉に当たって無策だって言ってたからね」
「俺らは結果は見えてましたよ。ボスなら何とかするんじゃないかって」
「もちろん根拠はありませんけどね」
コマツくんも同調し、笑いながら話した。
「やっぱ何か持ってるよね。うちの人って」
「彼女なのに今頃気がつきました?」
「何よ。知ってたに決まってるでしょ」
「ボス、ユイさんが契約するのに何か心配してたらしいっすよ」
「お前らほど楽観的ではなかったってことじゃないのか?」
「いやいや、俺達はボスの強運を信じてただけっすよ」
「何を根拠の無いことを言ってんだ」
「私もイシハラさんと同じです。今日、契約するんだろうなって思ってました」
「コマツまで何を言ってんだ」
イシハラくんやコマツくんは私より、彼を信じているかもしれない。
大の男が残りの人生を他の男に委ねている。
彼が言うように楽観的なのか、他力本願なのか。
ただ、彼を中心として結束が堅いのは間違いない。