ユイ27
彼や私が店を辞めてからしばらく経った。
彼の出店する場所は、自由が丘に決まり、その準備で多忙を極めていた。
私は比較的、頼まれることも少なく、店内のデザインやロゴを構想していた。
彼が出掛けた後、昼過ぎに電話が鳴った。
「ユイ?久しぶりだね。元気?」
「えっと…誰?」
「メグミだよ!」
「メグ!」
高校のときの親友だったメグミからだった。
久しぶりの電話で1時間くらい長電話をしていた。
今夜、彼のマンションへ遊びに来るという話で終わった。
「ユイ!今話せる?」
「いいよ」
「今夜、高校の同級生が遊びに来たいって言うんだけどいい?」
「いいけど…俺は何時になるか分かんないよ?」
「遅くなりそうなら電話して」
「分かった」
夕方になって、メグミが遊びに来た。
「いらっしゃい」
「彼と同棲してるのね。その噂の彼は?」
「仕事で出ちゃった。何時になるか分かんないって」
「そうなんだ」
「で、話って逢って話すような重要なことなの?」
「バレてたか…」
メグミには、高校時代から付き合っている彼氏が居た。
話したことないが、学校で見掛たことはある。
当時からも別れたり、寄りを戻したりと訳が分からない2人だった。
「彼が浮気をしたから、別れたのね」
「うん」
「別れた後に私も前の彼と逢って、えっちしちゃったの」
「ふーん」
「結局、謝ってきたから寄りを戻したんだけどね」
「結果はいつもと同じね」
「元彼と逢ってたことがバレちゃって、それは俺の浮気の仕返しかって」
「って言われたの?浮気をした彼から?」
「そう。でも別れてたんだから、彼には関係ないじゃない?」
「そうだけどね」
「おかしい?」
「私の場合、そうはいかないかなって」
「別れたら次の人って簡単にいけないよ」
「ユイってそんなタイプなんだ?」
「そう何人も付き合ったこと無いけど、今の彼は特別かな」
「すごいね。ユイがそんなこというなんて。圭介のときもこんなじゃなかったのにね」
「たぶん今の彼は、私にとって最後の男になると思うよ」
「ええ!そんなにすごいの?」
「何かね、理屈じゃないのよ」
「ルックスがいいとか、優しいとか、金持ちだとかってこと?」
「そう。彼はそういうのを超越した存在なのよ」
「そんな男なんて世の中に居るのかな?」
「しかも彼は私より年下…」
「あり得ない…ユイじゃないみたい」
「初めて逢ったときに、運命の人に逢ったみたいなね」
「もしかして…」
「彼もそう言ってたよ」
「キャー!」
「だからメグの気持ちにはなれないってのが本音」
「なるほどね」
メグミと私の男話で、また数時間話し込んでいた。
「彼から電話だ」
「ねね、替わってよ」
「もしもし」
彼はイシハラくんとコマツくんと帰ってくるという。
「部下と一緒に帰ってくるって」
「年下なのに部下が居るの?」
「あと数ヶ月したら会社社長になるんだけどね」
「は?」
「彼って、夜の業界じゃちょっとした有名人なのよ」
「ホスト?」
「キャバクラの店長やってた人。逢ったときはまだ支配人だったかな」
「ユイの店に来たの?」
「客としてね。でユミさんとユカさんの店の支配人だったの」
「ユミ、ユカ先輩と?すごい偶然の繋がりだね」
「ちょっと待って。電話だ」
「はい」
「飯食いに行くから、下に降りて来いだって」
「『はい♪』だって。ユイちゃん可愛い!」
「うるさいよ」
身支度と戸締りをして、マンションの下に降りていった。
「おかえり」
「おお。友達も後ろに乗れよ」
「こんばんわ、初めまして」
「ばんわ。えっと何ちゃんだっけ?」
「メグ。高校の同級生なの」
「マナブです。こっちがコマツでこれがイシハラ。よろしくね」
「こんばんわ」
コマツくんが運転する車が、駅の方へと向かった。
「メグは何か食いたいもんある?寿司でいいか?」
「あ、はい!」
「ボス、お台場まで足伸ばしませんか?以前行ったところがすごく美味いんですよ」
「コマツに任せるよ」
「イシハラさん、ここです。座敷の予約入れてください」
コマツくんは、携帯電話をイシハラくんに渡した。
「いらっしゃいませ」
「予約したコマツですが」
「どうぞこちらへ」
「ボス、とりあえず生でよろしいですかね?」
「いいんじゃない?適当に刺し盛やってもらって。にぎりは後でいいや」
「はい」
「イシハラ、例の物件の周辺情報はまとまったか?」
「はい。自由が丘の駅から徒歩2分で昼間は学生やベビーカーを押して歩く主婦が多いっす」
「ネオンはどうなんだ?」
「残念ながら駅の反対側です」
「物件の周りはゼロなのか?」
「テナントビルの最上階です。こちら側にはそれしかありません」
「反対側は何店舗くらいあるんだ?」
「少なく見積もっても50〜100はあるかと」
「チャンスだな。店舗の現状は?」
「スケルトンの60です」
「他テナントはどうだ?」
「1階はブティックが2軒に寿司屋、2階からは同業関係で1フロア1店舗です」
「コアタイムは?」
「19〜26時で週末は27時までっすね」
「客数と玉数は?」
「頭で100がコンスタントに出るようです。玉はマイナス10くらいが多いようですね」
「コマツ、許可関係に問題はないだろう?」
「そうですね。テナントビルだけに問題は無いと思います。念の為、裏を取ります」
「明日から2人は周辺の店舗の情報収集。コマツは法人登記の方も回ってくれ」
「分かりました」
「うっす」
「飲んでも構わん。些細な情報も見逃すな」
「はい!」
打合せをしている3人を見て、メグミが耳打ちしてきた。
「彼すごいね」
「でしょ?」
打ち合わせが終わると見るや、メグミの話をみんなに相談してみた。
「イシハラくんとコマツくんはどう思う?」
「別れてる間の2人に、何があってもいいんじゃないですか?」
「メグちゃんは悪くないと思いますよ」
「マナブくんは?」
「どっちの話を聞きたい?」
「はい?」
私には彼の問いの真意を知っていた。
「マナブくん個人の意見」
「後で文句言うなよ」
「は、はい」
メグミの生唾を飲み込んだ音が聞こえた。