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ユイ24

彼の店休日。

私も休みだが、彼は今日、接待だった。


夕方、起きると私と彼は身支度を整えた。

「ユイ、まだ時間あるから、飯でも食いに行こうか?」

「じゃそのまま出掛けちゃう?」

「そうだな」

「どこ待合わせなの?」

「ユイの店の近所の寿司屋」

「じゃ駅の裏のラーメン屋行こうよ?」

「寝起きからラーメンね…」

彼と私は、週に2回以上は必ずラーメンを食べる。

店が終わってからのご飯は、ローテーションとなっている。

ラーメン、焼肉、寿司、牛丼、カレー。

外食産業の王道が彼は好きなのだ。

ただ、ファミレスだけは唯一、彼が嫌うところだった。

理由は私達が行く時間は、寝ている輩が居るからだという。


「らっしゃい!」

彼は2本指を立てた。

「2名様、カウンターでよろしいですか?」

「結構ですよ」

店はサラリーマンとタクシーの運転手を中心に混雑していた。

「すいません。後ろ通ります」

「どうぞ」

彼が挨拶をすると、快く道を開けてくれた。

「あ!店長?」

「やっちゃん!」


彼の言う『やっちゃん』と呼ばれる男が、今日待ち合わせしていた人物とのことだった。

「ユイです。マイカワがいつもお世話になってます」

「店長の彼女?さすがキレイな人連れてるね」

ラーメンを食べた後、早々に彼と私は別れ、帰宅した。


「ただいま」

「おかえり。早かったね?」

「悪いな。今話せる時間あるか?」

「掃除と洗濯終わったから、大丈夫だよ」

先ほど逢った『やっちゃん』の話だった。

その男は4000万を出資をするから、彼に独立して欲しいと言ったらしい。

それも部下として彼について行くという。

誠意は明日、彼の口座にお金を振込むので確認して欲しいと。


「本当に振込んできたら、条件を聞いてみれば?」

「ちょっと気持ち悪いよな。確かにここ数ヶ月うちに来て、顔は見てれば話してはいるけど

 4000万なんて振込まれてもな…」

「私は今か後かしかないんだからチャンスだと思うよ。振込まれてればね」

「かと言ってすぐには店も辞められないだろう」

「チャンスかそうじゃないか判断すればいいと思うよ。そんな大金借りれる人ってそうは

 居ないと思うよ」


「ちょっと考えてみるよ」

さすがに彼も慎重だった。

いくら彼が同性から惚れられるタイプだとて、不信がるのも無理は無い。

バブルが弾けたこのご時世。

銀行は貸し渋りをし、誰もが融資先に困る状態だった。

そして彼の社会的信頼度の低さ。

私の中では、この問題が独立を大幅に遅らせる主因となると感じていた。


考え込んでいた彼の携帯が鳴る。

「今からですか?」

彼は手短に電話を切った。

「ちょっと出掛けてくるわ」


2時間くらい経っただろうか。

彼から電話があった。

「ヘッドハンティングだった」

「引抜?」

都内に10数店舗を持つ、会社の幹部が彼とコンタクトを取った。

彼に提示された役職は、取締役事業本部長。

内容としては、プロデュースに近いようなポジションらしい。

ギャラとしては、現状で300〜400万。

以降は歩合制だという。

彼は、社長に報告したいといい、帰りが遅くなると連絡があった。


大きな組織の中で、中心人物となるポジションを取るか。

規模は小さくても一国の主という、リスキーなポジションを取るか。

彼の性格上、答えは1つだろう。


ナイレポという媒体に露出して、一躍、有名人となった彼。

彼はまだ若く、成長はまだ途中過程だろう。

大きな組織は、その類稀なる人材を欲するだろう。

彼の成功を祈るであれば、今回のチャンスはステップアップとして捉えた方が良いと思う。

大きな組織の中心として業務をこなした結果は、彼の経験として財産になるだろう。

多額の借金をして、もしも倒産した場合、返済は困難だろう。

しかし判断をするのは、彼自身だ。

彼もそれを確かめるべく、社長に相談に行ったのだろう。


26時を回った辺りだろうか。

彼から再度、連絡が入った。

「ユイ?今からいつもの店来れる?」

「その声のトーンからして何か決めたような感じね。支度して行くわ」


彼達の行き付けのショットバーへ向かった。

「ユイちゃん、おはよ」

「マスター、おはよ」

「彼達なら上に居るよ」

2階へ上るとキムラくん、コダマくん、イシハラくんが来ていた。


「みんな忙しいのに済まない。ちょっとお前らに話があるんだ」

「何かを決した表情だな」

彼は1人1人の顔を見渡すと、大きく息を吸った。

「俺さ、店辞めて独立することにしたんだ」

「マジかよ?」

「ええ!」

「ずいぶんと急だな」

「ああ。もう社長にその意志は伝えてある」

「ちょっと店長!」

「と言うか、正直迷ってたんだけど社長に背中を押された感じだよ」

「いつから着手するんだ?というかいつ退店しちゃうんだよ?」

「社長から今月末で抜けていいって」

「本当に急転だな。でもこんなドタバタ劇もお前らしくて笑えるよ」

「店長!俺はどうするんですか?」

「お前はお前で頑張って、店長を目指せよ」

「そんな…」

キムラくんやコダマくんは、彼を祝福してくれた。

イシハラくんは、親に見捨てられた子供のように泣きそうになっていた。


彼は独立することをいよいよ決めたのだった。

私としては、彼について行くだけだ。

その夜の彼は、酔っ払っていた。

私も彼の仲間も楽しく飲んでいた。

イシハラ君を除いては。


前途多難、誰の目から見てもそう思うだろう。

まだ18歳にも満たない彼が、たった独りで始めるのだ。

また悪い虫も寄ってタカって来るだろう。


ただその心配をさせないくらいのオーラが彼にはある。

何かをしてくれそうな気がする。

何かを成し遂げてくれそうな気を持たせてくれる。

彼には何かがある。


私も彼の為に何か出来ることがあるだろう。

同じタイミングで店を辞める決意をした。

本音は独立、仕事なんてどうでもいい。


彼のそばに居たい、その一心だった。



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