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ユイ23

スキー旅行から帰った彼は、休み明け早々、独立への情報収集に動き出した。


社長にも独立に向けて、動く旨を伝えたと言っていた。

また社長も可能な限り、彼に協力すると話したらしい。

さらに元経営者の情報を元に、オリジナルを構成しようと熟考していた。


彼の毎日は多忙を極めた。

ただ年末の多忙さとは違い、彼は覇気に満ちていた。

繁忙期と同じくらい、睡眠不足になっているはずだった。

彼は自分の目標に対する道中の苦労は、全く苦にならないという。


そんな中、年末に彼の元へ取材に来たナイレポが発刊された。

店は情報収集として、毎号購入している。

周辺の店舗も購入しており、発売から1週間で売り切れとなる。


「裏表紙の店長って、ユイさんの彼氏ですよね?」

「そうだよ」

店のスタッフが彼に気がついて、私に確認してきた。

「すごい!ユイちゃんの彼なんだ」

「この地域で若手ナンバーワンって有名な人だよね」

「ユイちゃんをモノにするなんて、良い男なんだろうね」

「キングってこの辺りじゃ、1番売れてるって噂だよ」

彼のことを褒められるのは、気分が良いものだ。


せっかく上ったテンションもその日の営業は、必然的に暇だった。

業界の人間だけがナイレポを買う訳ではない。

もちろん店探しに客も買うのだ。

今日の営業はキングの一人勝ちだろう。

私はチハルと待機しながら、スキー旅行の話をしていた。


「ユイさん、携帯が鳴ってました」

「ありがと」

更衣室に入ると、リダイアルを押した。

彼からだった。

「ユイ、今話せるか?」

「うん。今待機中。どしたの?」

「明日の店休日、ちょっと客の付き合いで出掛けるようになった」

「分かった。部屋の掃除したかったから行って来て」

「終わったら飯でも食いに行くか?」

「うん、どうすればいい?」

「店においで」

「終わったら、大至急行くね」

彼はいろいろなコネクションを作ろうとしているのだろう。

せっかくの休みだが、彼の予定を優先させるしかない。


「お疲れ様です」

「お、ユイさん。店長!ユイさん来ましたよ」

「イシハラ!集計やり直せ。数字間違ってんぞ」

彼がリストから出てきた。

「お疲れさん。ちょっと待っててよ」

彼はイシハラくんに集計のミスを訂正させていた。

イシハラくんは彼に怒鳴られまくっていた。


「いいか。ここは営業の司令塔なんだ」

「はい」

「どんな想いでお前に任せてるかよく考えろ!」

「すいません」

「閉めるぞ!集合。ユイ、終礼しちゃうから外で待ってて」

「はい」

私も怖いくらいの迫力だった。

仕事に関しては、彼はものすごく厳しい。

しかしそれらに耐え、信じてついて行けばギャラも跳ね上がる。

業務外での天然キャラというギャップも同居してるから、部下がついて来るのだろう。


「焼肉でも食うか」

「ユイさん、ご一緒させていただきます」

「どうぞどうぞ」

イシハラくんも一緒に来るという。


私はイシハラくんにヤキモチを焼いたことがある。

仕事話で彼はよくイシハラくんの話をする。

もちろん言葉や態度に出したことは無いが、嫉妬する。

イシハラくんも彼に対しては、師弟関係以上のモノを感じている。

こういうときの女って本当にバカだと、自分でもつくづく思う。

彼達に何がある訳でも無いのに。

私という女は、束縛したい気持ちが大きいのだろうか。


「店長」

「あ?」

「さっきのセリフが引っ掛かってます」

「何だ?」

「俺にリストを任せてることっす」

「気にすんな」

「確かにたかだか主任でキングのリストは大役っすよ」

「だからどうした」

「それより『どんな想いで』ってことです」

私も通常なら出てこないセリフだと思った。


「イシハラよ」

「はい」

「お前を数ヶ月で支配人にさせる」

「マジっすか?」

「キムラとコダマと同レベルまでに育て上げる」

私は彼の真意が分かった。

自分がキングを抜けて、売上がダウンすることは避けたいのだろう。

部下の中でそれが出来る可能性を感じたのがイシハラくんという訳だ。


イシハラくんの表情が一変する。

「独立するんですか?」

「ああ、いつかはな」

「ついて行っていいんすよね?」

「それはダメだ。社長に対して不義理になる」

「そんな…」

彼とイシハラくんの師弟関係は、私の想像以上だった。

言葉が少なくても信頼し合って、理解し合っている。

女の私が入り込む余地が無さそうだ。


「だからお前を俺が抜けるまでに支配人に上げる」

「邪険にされても、ついて行きますよ」

「社長との義理が先だ」

「その考え…今後の俺の仕事内容で変えてみせます」


私が驚いたのはこの後だった。


さっきまでケンカでもしそうなくらい、危険な感じがした。

焼いた肉が出す、煙のこっちと向こう側に居た、彼とイシハラくん。

今はその肉を子供のように取り合っている。

彼がビールを飲み干せば、負けじとイシハラくんも飲み干す。


これが男同士の付き合いなんだと思った。

意地の張り合い、まるで子供のようだ。

私と彼の間にある信頼関係。

彼とイシハラくんの間にある信頼関係。

全く別物だが、とても不思議な感じがした。


歳こそイシハラくんが2つ上になる。

イシハラくんは、彼を絶対的存在に位置させ、従順だ。

恋人や家族の関係を超える、ある種、信奉の域だ。

同性をも惚れさせてしまう、彼の魅力に私は惚れ直した。


彼が会計を済ませると、私達はタクシーに乗った。

「頂きました。お疲れ様です」

「おう、お疲れさん」


「イシハラくん、引っ張ってあげれば?」

「そうしたくてもさ、義理が先なんだよ」

「何かイシハラくんが可哀相だよ」

「どうした?ユイがそんなこと言うなんて」

「イシハラくんは、これからずっとマナブくんに必要な人間になると思うな」

「まだ、そこまで成長はしてないけどな」

「けど?成長したら社長に彼をくれって言うの?」

「どうだろうな。まだ俺の独立する話も決まってないから、そのとき考えるよ」

彼が苦渋しているのが分かる。


彼の独立話は、本人の意図しないところから、どんどんと進展していくことになる。


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