ユイ22
私達は正月休みに苗場にスキー旅行に来ていた。
全ての手配をしてくれたキムラくんの寝坊によって、スケジュールが変わってしまった。
初詣は延期、道路は大渋滞と仕事以上に疲れてしまった。
ホテルに到着した私達は、早速スキーを楽しむことにした。
「ロッカーの鍵もらった?」
「あるよ」
宅急便で荷物を送っていた。
ロッカー手前でそれらを受け取ると彼達はメンテナンスに入った。
今シーズンは初めてだという。
「懐かしい匂いがするな」
「確かに似てるけどトルエンではないだろ?」
スキー板にワックス掛けをすると、確かにシンナーの匂いがする。
分かる人間は、思わず微笑した。
私を含めた女性陣は、ほぼ初体験。
彼とキムラくんはある程度の経験者。
コダマくんは上級クラスとのことだった。
「最初の1本だけ、頂上まで行ってくるよ」
コダマくんはコースの状態を見る為に山頂まで登って行った。
「俺らは初級者コースに行くか」
私と彼はロープウェイで迂回コースへと向かった。
「寒い…」
彼にしがみつく。
「滑ってれば顔以外は、寒くなくなるよ」
私は寒さが大の苦手だ。
彼と一緒じゃなきゃ、こんな雪山に何か来ない。
「ボーゲンは出来るでしょ?」
「ナニソレ?」
何度も言うようだが、ウィンタースポーツは大嫌いだ。
その言葉も聞いたことが無い。
「じゃ俺が教えてあげるよ」
彼は私の背後に回り、板をハの字に開かせた。
「スピード出さないでね!」
「出ない出ない」
彼が私の腰を持って、一緒に斜面を滑っていった。
正直、楽しかった。
やっぱり彼とならどこに居ても何をしていても楽しいのだ。
数本滑ったとき、彼の携帯にコダマくんから連絡があった。
「コンディション悪いんだって。こっち側も吹雪くかもしれないってさ」
「今日のところは撤収しよっか」
「じゃ21時に宴会部屋に集合ね」
全員がホテル内に戻ると、男と女それぞれ大浴場へと向かった。
私達は大きな湯船に浸かりながら、談笑していた。
「でもアサミにはびっくりしたなー」
「私だってユイちゃんの同級生だとは知らなかったよ」
「でもユイ、ずいぶん雰囲気が変わったね」
高校の同級生であるアサミ。
アサミは昔の私の印象について話し出した。
「今だから言えるんだけどね、ユイは孤高の存在だったよ」
「孤高と言えば、聞こえは良いよ。私、友達居なかったから」
アサミが続けた。
「同級生なのに女優みたいなオーラがあってさ」
「そんなの無いから」
「男の子達でファンクラブみたいなのもあったのよ?」
「存在自体知らないし」
「ユイちゃんは今でも指名ナンバーワンだよね」
同性からすると近寄り難い、存在だったらしい。
喜怒哀楽をあまり表情に出さず、無口。
唯一、メグミが私と言葉を交わせる同級生だったかもしれない。
メグミとアサミは中学も同じだったらしい。
「ユイちゃんはマナブくんと出逢って変わったんだよね」
「ユイの生き方を変えちゃうマナブくんってすごいね」
「私にとって、最初で最後で最高の男よ」
「高校時代からだと想像出来ない意見だよ」
「でもユイちゃんはユイちゃんで、彼のこと以外は変わってないよね」
「お風呂出てから話そ。彼が待ってる」
「彼と離れていたくないんでしょ?」
「寂しくて死んじゃう」
「はいはい。分かりましたよ」
それぞれが部屋に戻った。
さすがにこの年代で、他の男にスッピンを見られるのは抵抗がある。
髪をブローし、メイクもばっちり決めて、宴会部屋へと向かった。
「お待たせ」
「遅いよ。もしかして化粧で時間掛かってたんじゃないの?」
「ちょっとこの空瓶は…何?」
「飲んだから空になってるんだよ?」
「いや本数の話なんだけどね…」
彼達は、よっぽど喉が渇いていたのか、1ケースくらいの本数が空瓶で並んでいた。
彼達は仕事の話で白熱していた。
同期の3人は、集まるといつも仕事の話をする。
私達、女性陣は黙ってそれを聞いていた。
入社以来、快進撃を続けてきた3人。
彼は店長に上り詰め、他の2人も支配人になった。
しかしこの先の出世が見込めないという。
「新店舗が出来るか上が辞めるか、新しくポジションが新設されない限り、昇進はないよな」
「独立するには、情報と金が準備出来てない」
彼は私と出逢う前、毎晩3人で切磋琢磨をし、独立を目標として語り合っていた。
ただ現状、行き詰まりを感じているという。
「ユイはどう思う?俺達のこれからについてさ」
「私は自分の彼のことしか考えられないけど、夢とか目標があればそれに関連していること
を勉強すればいいと思う。営業の回し方や男子スタッフ、女の子達の教育、お金の管理は
すでに出来るんだから。店を出す為には何が必要なのかとかね。例えば許可は何が必要で
どこで申請すればいいのか、店を借りるのにいくら必要で店内にはいくら必要なのかとか
やっぱり、夢や目標に沿ったことを擦り込む必要があると思う」
私の言葉に彼達の笑顔が戻った。
「確信に触れた意見だね。さすがユイちゃん」
「独立した時と同じ目線でやることが大事だってことだね」
「うん。いつかは3人ともそれぞれ違った道に進むと思うのね。その時までこれからの時間が
無駄にならないようにすることが大事だと思うの」
「俺達に明日はあるってやつだな」
私はこのときの彼の表情が印象的だった。
彼のパワーというかエナジーというか、とにかく爆発的な瞬発力を蓄えだした感じがした。
いよいよ店を辞め、地位や収入も捨てて独立するのだろうと悟った。
彼にとっての課題は、まず金銭面。
私と彼の貯金を合わせても2000万足らず。
イニシャルコストを抑えても、借金をしなくていけないだろう。
借金をするようになると厄介だ。
何分、彼は若過ぎる。
この地域で名を馳せたカリスマ店長だとしても、世間では通用しない。
銀行からの融資は、望めないだろう。
そうなると私が頑張って資金を貯めるしかない。
彼が私の貯金を受け取るかが微妙だが。
この後、彼の夢は目標へと変化し、目標はノルマへと変化することになる。