ユイ21
「ユイ…ユイ!児玉の家から向かってるって。支度しないと」
「超眠い…」
時計の針は6時を回っていた。
3時間くらいの仮眠だろうか。
私は悪夢を見たせいで、眠りがかなり浅かった。
大急ぎで身支度をする。
「荷物は送ってある、財布持った、電気ガス水道オッケー、鍵持った。良し」
「ユイ、忘れ物無いか?」
「うん、たぶんね」
玄関で靴を履こうとしたとき、彼の携帯が鳴る。
「下に着いたって。行こう」
私達を確認すると、キムラくんとコダマくんが車から降りてきた。
「ごめんごめん。うっかり寝ちゃったよ」
「俺が電話しなきゃ、絶対キムラは起きなかったろうな」
「俺とユイは堪らず寝てたよ」
「行くべ。乗って乗って」
彼は後部座席のスライドドアを開けた。
「ユイちゃん、あけましておめでとう!」
「あれ嘘?チハル?アサミ…アサミ!?」
アサミは高校時代の同級生でメグミの友達だった。
チハルは店の友達で、チハルとメグミの共通の友達が居るという。
彼の元カノでもあり、イシハラくんの彼女のマコがその友達だという。
世間は広いようで狭いものだと、みんな笑った。
「キムラくんの彼女になっちゃった」
「へ?」
私と彼は同時に同じリアクションになった。
「何だよキムラ?いつの間にチハルと付き合ってたのよ?」
「ユイちゃんが紹介してくれたじゃん?」
「ショットバーで?名前教えただけだよ?」
「いいじゃないの。みんなで楽しくやれば」
すったもんだの末、無事みんなが集まると出発した。
この時期の都内はゴーストタウンと化す。
日中、ビジネスマンの人混みで埋まるこの辺りは、人気が無い。
それらを対象にした店舗等も、もちろん休みだ。
違う街を通り抜けているような感覚になる。
運転手のキムラくんを残し、私達は後部シートを対面にし、ドンちゃん騒ぎをしていた。
2時間ほど走ったところでパーキングに寄り、トイレ休憩をした。
「あー腹パンパンだよ。ションベン行くべ」
トイレから戻ると彼達が買出しをしてくれていた。
「そろそろ運転替わってくれよ」
「もうちょっとしたら俺が替わってやるよ」
寝坊したキムラくんを哀れんだのか、コダマくんが交替を聞き入れた。
「でもいいじゃない。男の人が3人居るんだから、3人交代で運転すればまだ楽でしょ?」
「マナブは免許無いよ?」
「だってこいつ、まだ17だもん」
「ええ!」
青天の霹靂だった。
この事実を知らなかった私達は、開いた口が塞がらなかった。
「店長が17だったってのは驚いたけど、驚いてるユイちゃんの姿の方が驚いたよ」
「ユイちゃんが驚いてるけど、言ってなかったの?」
「そう言われれば言ったような、言ってないような…」
「マナブくんて私の2つ下なの?」
「木村が今年21で児玉が20だろ、で俺が18になるのか」
「そうだったんだ…」
「誕生日なんか俺とマナブが一緒で木村が次の日だったりする」
彼は本当に言い忘れているだけなのだろう。
悪気は無いのは分かっているが、私は黙り込んでしまった。
「どしたのユイちゃん?こいつが年下だったのがショック?」
「ううん。歳は好きになった人だからどうでもいいんだけど、なんで話してくれなかったの
かなって思って。私はマナブくんの何なんだろうって思っちゃった」
「そうだよね。マナブが悪い!でもこいつ言ったと思ってた可能性高いよ?」
「そうそう。意外と物忘れひどいし、天然なところあるし」
「完全に話したと思ってたけど、ユイのリアクションから見て、言ってなかったみたいだわ」
キムラくんやコダマくんが言うとおり、彼は天然なところがあるかもしれない。
出逢ったときに連絡先を交換しようとした。
確かに私は、教えたくなったら連絡してと話した。
すぐに彼のマンションに転がり込んだこともある。
しばらく経つまで私は彼の連絡先を知らなかった過去がある。
そのときの彼は、私よりビックリした顔をしていたことを覚えている。
しばらくすると、みんなが睡眠不足であった為、バタバタと寝に入った。
「ユイ…」
起きていた私は、寝ている振りをした。
「ユイ、寝てんの?」
「ブーたれて寝てる」
「寝てる人間は答えないだろ?」
「この休みの間、1日100回ずつキスしたら許してあげる」
「分かった」
私は彼の手を握った。
「歳の話、悪かったな。完全に勘違いしてたよ」
「顔見て分かったわよ。本人が1番きょとんってしてもん」
「まあ現地着いたら楽しもうぜ」
高速での渋滞中、私は彼の手をずっと握り締めていた。
車内に10時間以上も閉じ込められていた結果、やっとホテルに辿り着いた。
ロビーまで行くと、キムラくんが受付をしてくれた。
「ほい、マナブ達の部屋の鍵ね」
キムラくんは彼にカードキーを手渡した。
フロアは8階だという。
私達は、エレベーターに乗った。
そのとき、コダマくんがカードキーを2枚持っていることに気が着いた。
「ねえ、4部屋って誰かまだ来るの?」
「そのうち分かるよ」
「サプライズゲストとか居たりして?」
「ええ?気になる!」
私達が1番元気な時間帯は、他の客室は寝静まっている。
4部屋目とは時間を気にせず、集まって飲める宴会部屋なのだそうだ。
休みの間だけ、周囲の時間帯に合わせると仕事に戻ったときに時差ボケが生じる。
だから4部屋目を有効に活用して、時間帯をずらさないようにする訳だ。
水商売をやっていると生活している時間帯が異なるので、このようなことも考える。
少なくともここにいる6人は、水商売を立派な仕事と捉えている。
若いから、派手だからと後ろ指されるのは本人次第だ。
彼の言葉を借りれば、この業界は夢を売る商売。
社会的には、認められた存在ではないかもしれない。
でも彼は立派な役職について、同年代では手に入れられない収入も得ている。
彼が中心となって、会社として機能すれば、認知される存在となれるかもしれない。
私は彼や仲間がそのようになったときにサポートしたいと思っている。