ユイ20
大晦日の日を迎えた。
彼の仕事に合わせて出勤していた私は、かつてない売上を上げていた。
繁忙期の彼は、仕事をあまり休まない。
私も彼が居ない部屋で独りで居てもしょうがない。
今月の私は大晦日までの間、2日しか休んでいなかった。
正直言えば、心身疲れ切っていた。
妊娠騒動での気疲れ。
プチ家出もした。
そして毎晩、酔っ払いの相手。
しかし彼が連れて行ってくれる旅行までの我慢と頑張った。
「ユイさん、3番テーブルご指名です」
「すいません、ちょっとユイさんお借りします」
「ユイさん、8番テーブルお見送りお願いします」
連日、私は忙しかった。
指名は重なり、アフターもこなし続けた。
「ユイちゃん、正月はどうすんの?」
「実家に帰るの」
「温泉でも行こうよ」
「ごめんね」
「店終わったら、初日の出を見に行こうよ」
「彼氏と行くに決まってんでしょ」
「だよな」
「奥さんと子供で行けばいいのに」
さすがにこの日のアフターは断っていた。
「ユイさん、ご指名です」
またあいつが来た。
ここ数ヶ月でよく来るようになった客だ。
「よう!ユイ」
「おはー」
歳は私より少し上くらいだろうか。
羽振りが良く、かなりのお金を落としていく。
パッと見れば、誰もがカッコ良いと思うような風貌をしている。
しかしこの男はヤクザだった。
この大晦日の寒い季節。
男は店に入ると上着を脱ぎ、半袖になる。
七部までのイタズラ書きを周囲に見せるのだ。
私はその行為が大嫌いだった。
こいつが来ると他の客が帰ってしまうからだ。
彼がこのことについて、教えてくれたことがある。
このような振る舞いをする人間が1人居れば、10人の客が遠ざかるのだと。
そんな輩が出入りしているような店には、足が遠ざかるという。
周囲より目立とうとするオーラが出ているのだ。
声も大きければ、存在自体が一般客の脅威となると彼は言った。
もちろん中には、企業の重役にしか見えない幹部クラスも居る。
しかしそのクラスになるとキャバクラなどには来ない。
その見極めが彼の仕事でもあると言っていた。
「ちょっとユイさん、お借りしますね」
「あ?来てからちょっとしか経ってねえだろ?」
「他のお客さんの見送りだよ。すぐ戻るから待ってて」
このように男子スタッフにも大声を出す始末だ。
見送りから戻った私もたまらず、注意する。
「ちょっと、他のお客さんの迷惑になるでしょ」
「何も言ってねえよ」
これも彼に聞いた話だが、彼達は私達のような女の子の言うことしか聞かない。
ギャラリーが多ければ多いほど、このような輩は粋がるのだという。
他の客や男子スタッフに注意されれば、威嚇する。
女の子の前で良いカッコがしたいのだろう。
このような輩を受け流す方法を彼に聞いたことがある。
絶対に将来もあなたとは、交際することはないと打ち消すのだ。
「ユイはいつになったら、俺と付き合うんだよ?」
「そんな約束したことないんだけど?」
「付き合ってくれよ」
「私ね、彼と一緒に住んでるの。近い将来、結婚する予定なのよ」
「聞いてねえよ」
「だって聞かれてないもん」
彼に教わったとおり、このような感じで何人も受け流した。
執拗なタイプの男だと、それが誰だか追及してくる。
そうなれば、こちらから拒絶する。
多くはカミングアウトの段階で、フェードアウトしてくれる。
このような輩は、いくら売上を出しても諸刃の剣なのだ。
しかし、私はどうしてこのような『ヤンチャ』系に人気があるのだろうか。
うちの店でもこのような男に引っ掛かった女の子はたくさんいる。
私はその子達から、何度も相談を受けた。
半ば強引に彼女にさせられ、別れてくれない。
激しい束縛に暴力。
家族を調べてあるだとか言い、脅すのだ。
中には、猥褻な写真を撮られて、弱みを握られ、金を取られる。
美人局ならまだ可愛いもので、覚醒剤に漬けられ、体を売らされるまでになった話も聞いた。
彼の言葉を借りて、女の子達に話す。
「近寄らないこと。客としてきても受け流し続けることが大事なの」
彼いわく、関わらないことが大前提なのだ。
刺激的で火遊びをしたい気持ちもあるかもしれない。
それが地獄への入り口となってしまうのだ。
相手はイタズラ書きを見せびらかさないとハクも付かない下っ端なのだと。
残念ながら、私達は客を選べない。
来るもの拒まず、去るもの追わずなのだ。
私の場合は、彼から教わったことと強気な性格もあり、トラブルは皆無だった。
そして今年の営業が終わった。
私は終礼が終わると、一目散に店を出てタクシーを乗り、帰宅した。
「ただいま。あけましておめでとう!ダーリン今年もよろしくね」
「おかえり。こちらこそよろしくな」
彼の店は、25時で早仕舞いしていた。
「みんなは何時くらいに来るの?」
「今電話あったんだけど、たぶん営業が終わったばっかりみたいだったから、まだまだかも」
「お腹は空かない?」
「今から風呂入ろうかなって思ってたトコだよ」
「一緒に入ろ」
風呂場で彼といちゃいちゃしているうちに、コトが始まってしまった。
元日の未明から、いわゆる姫始めだ。
お風呂を出ると、彼が客からもらったという寿司を食べた。
「ユイ、この12月は疲れたろ?」
「うん、さすがにね」
「別に出勤合わせる必要ないのに。休めば良かったじゃん」
「ダーリン無しで私が生きていけると思うの?」
「あはは。そうだな」
「帰ってきて私が寂しさに耐え切れず、孤独死してたらどうするの?」
「あー分かった分かった」
私と彼は、疲れと2人で居る安堵感で寝てしまった。
私は姫始めの次に初夢を見た。
内容は辛く悲しいことだった。
彼が私ではない、他の女と幸せになるという内容だった。
この手の夢はよく見る。
よりリアルに覚えているときは、泣いて目が覚めるときもあった。
決まって寝ている彼に抱き付く。
何かで見たことがあった。
これは今の幸せがどのように感じているかの裏返しなのだと。
またそう思っていることを失うことへの恐怖感なのだという。
裏返しということは、私は彼と居ることが幸せと感じているのだろう。
しかしそれは夢の中の話だけであって欲しいものだ。