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ユイ19

車も人も居ない朝方。

遠くの方から彼だけが見えた。


「おかえり」

「罰としてスタンドまで押して」

「だせえな」

私は車を降りると彼に抱きついた。

「ごめんなさい」

「俺も悪かったよ」

彼はちゃんと抱きしめ返してくれた。


窓を全開に開け、車を押す彼と話をした。

「お金の件なんだけど」

「ああ」

「将来、独立するって言ってたでしょ?」

「そうだな」

「軍資金の足しになればいいかなって、無駄遣いしないで貯めてたの」

「そっか」

「最悪、逃走資金にもなるし」

「あはは。俺が逃走か」

「2人で愛の逃避行ってのも悪くないでしょ」

「悪くないけど、そうはなりたくないな」

「2人に子供が出来て、その子にも苦労させたくないし」

「そうだな」

「お嫁さんにしてもらうつもりで付き合ってるんだから」

「俺だってそうだよ」

ドキドキしていた。

勢いに任せて、私は何を口走っているのだろう。

これがダメなのだ。

こういうことは彼の性格上、男から言うべきだと彼は言う。


「あと1番大事なことなんだけど」

「なに?」

「プライドを傷付けるようなつもりは一切無いから」

「分かったよ」

「でも私の気配りが足らなかったのは、反省してる」

「もういいよ。気にしてないから」

ガソリンスタンドに着いた頃には、いつもの2人に戻っていた。


翌日、彼は緊急店長会というミーティングに呼ばれ、いつもよりも早く出勤して行った。

私は彼の言うとおり、正月旅行の荷造りをしていた。

彼の着替えと私の着替えを、同じカバンに入れる。

彼との旅行の支度は、ものすごく楽しかった。

どんな場面で何が必要か、想像しているとニヤついてしまった。

私に妄想癖などなかったはずだが。

宅配の集荷を呼んで、荷物を受け取ってもらった。


その日の営業は、口開けが遅かった。

チハルと待機していた。

「ユイちゃん、主任の話聞いた?」

「ううん、なに?」

「リンって子覚えてる?」

「そういえば、最近見ないね」

リンというのは、店の同僚で人気もあった女の子だ。

「送りのときに主任に告白されたらしいよ」

「ええ?キモ…」

「リンは断ったらしいんだけど、つきまとってたらしいの」

「最低だね」

「でね、リンが断ったときに何て言ったと思う?」

「なんだって?」

「女欲しがるより、もっと仕事出来るように勉強すればだって」

「あはは!すごい笑える」

「だよね」

この業界では、スタッフと女の子が交際するという話はよくある。


「ユイ」

「なに?」

「店の男子スタッフが、女の子に手を出してるってのある?」

「うちは無いかな」

「そうなんだ」

「うちは女の子が主体だから、ボーイはサポートなの」

ちょうど聞いた、リンの話を彼にした。

「なるほどね」

「だからうちは無いよ」

彼のグループでは交際を認めて欲しい旨、懇願してくる人間が多くなったという。

これらを良しとしない方向でのスタイルを貫くという。

「罰金とか解雇ね」

「そういうこと」


彼は言う。

お互いが交際する事によって、相乗効果を得られれば否定しないという。

しかし若い男女がどちらも異性とコミュニケーションを取る。

全てとは言わないが、多くはヤキモチを焼く。

それらが仕事に影響するというのだ。

他の女の子やスタッフにバレれば、必然的に客にもバレる。

本人だけの損失に留まらず、店の評判も悪くなのだ。

彼の意見に私も賛成だった。


仕事とはいえ、男女交際も社会勉強なのだと彼は言う。

いろんなことを経験して、男も女も成長していくのだと。

それらを経て、男は一人前に、女は魅力を増していくとも言っていた。


店のスタッフには、女の子から告白されるような男になれと教えているという。

告白されたといって、交際は出来ない。

個人的感情で仕事は出来ないからだと説明を続けた。

もちろん、彼の店では誰一人、彼を裏切る行為をしているスタッフは居なかったらしい。


スタッフ達は、こんなことで店長の期待を裏切れないと、一往に声を揃えた。

彼の人徳なのだろう。


彼には女の子側である、私の考えも告げた。

基本的に女の子は稼ぎに来ている。

男を捜しに来ているのではない。

客と交際することは、まず無いに等しい。

もし彼が同じハコの中に居たとしたら、私は店を辞める。

仕事とはいえ、彼が他の女の子と親しげに話しているのは見たくないからだ。

実際、別の店舗で仕事をしてれば、目にしなくて済む。


お互いにプロ意識を持って仕事をしようというのが彼の意見。

私はいつ辞めても良いのだ。

彼のそばに居れればいい。


私は彼の発する仕事の話に酔っていた。

彼色に染まりたいという、麻酔にかかっているのかもしれない。


そして今年最後の日、大晦日を迎えた。

彼の店は大晦日まで走り続け、翌25時には閉店するという。

私は同伴、彼はミーティングで最後の日も忙しく出勤した。


しかしその同伴出勤というのは、偽りがあった。

私は産婦人科へ向かったのだった。

妊娠発覚から1週間。

経過を確認しに行く予定となっていた。


予約を入れていたこともあり、待ち時間もなく検診してもらった。

「赤ちゃんなんだけどね…」

「はい」

「残念ながら流産してました」

「そうですか…」


「子宮内を洗浄するから、隣の処置室に行ってください」

「はい」

「気を落とさないでね」

「大丈夫です」

「来年は10日から病院やってるから、もう1回洗浄しに来てください」

「分かりました」


子宮内洗浄をしてくれた看護婦さんが声を掛けてくれた。

「もう赤ちゃんが出来ないという訳ではないので、気を落とさずに」

「ありがとう」


神様が時期早々だと判断したのだろう。

医師の話によると、前回の検診時にほぼ受精したままの状態だったとのことだった。


しかし私は彼の子を以後、1度も妊娠することはない。

この時点では、それに気がついていなかった。


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