表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/53

ユイ18

私と彼は早起きし、買い物に出掛ける予定をしていた。


「ねえ、起きて」

「眠い…」

「起きれない?」

「うん…」

「じゃ買って来てあげるけど、文句言わないでね?」

「うん…」

彼は連日の激務で相当、疲れているようだった。


私と彼は、料金が安くなった携帯を買いに行く約束をしていたのだった。

以前は、保証金が数十万に基本使用料が数万。

通話料も5〜6秒に10円といった高額設定であった。

規制や規格が変わったのか、数万で買えるようになったのだ。

大きさもかばんサイズから辞書サイズへ、手持ちサイズになった。

しかしポケットに入るような大きさではなかった。


携帯ショップへ向かうと、師走ということもあって大賑わいだった。

一般庶民にはまだ浸透するレベルではなく、一部の小金持ちの持ち物だった。

たくさんの人を避けて、カウンターに行く。

「2つください」

こんな若いのが2つも携帯を買うのかという目線を感じた。

水商売なのか、どこかの社長の愛人なのかという目線だ。


身分証明書と公共料金の支払い明細が必要であったが、ちゃんと準備していた。

私は彼と全く同じものにした。

番号も下一桁違いの連番にしてもらった。

この頃の携帯は電波の入りが悪く、ポケベルと併用するのが通常だった。

電池の持ちも悪く、予備電池を持ち歩く人も多かった。


マンションに帰ると彼はまだ寝ていた。

「ねえ、もうシャワー浴びないと遅刻しちゃうよ?」

「ああ…何時?」

「17時になるよ」

「ナヌ!」

彼は飛び起きるとシャワーを浴びに行った。

「終わったらショットバー集合な」

「うん、分かった」

着替えると頭をセットすることもなく、飛び出して行った。


「あ、居た居た。おつかれさまー」

彼達はすでに店に来ていた。

「おかえり。どっか行ってた?」

「うん。チハルと一緒に客とご飯ね。30分も一緒に居なかったけど。同じ店のチハルね」

「初めまして…じゃないね」

「前に3人で来たときに話したかな?」

5人揃ったところで、改めて乾杯した。


「ユイちゃん、キングがナイレポの取材が来て2月号に載るんだってさ」

「店長のワンショットもあるらしいよ」

「彼からちらっと聞いてるよ」

「それってユイちゃんが表紙に出たことある新聞?」

「え?」

彼だけではなく、キムラくんやコダマくんも唖然としていた。

「自慢したい訳じゃなかったから言わなかったけど、いつ頃だったかな?載ったの」

「ユイちゃん、すごいじゃん」

「まだダーリンと出逢ってなかった頃かな?初めて逢ったくらい頃かな。その辺りだよ」

「あの時、店に取材が来たんじゃなくてユイちゃん個人に取材がきたんだよね?」

「うん。店はアクセスくらいしか載ってなかった」

「へえー」

彼とチハル以外が驚きの表情を見せる中、彼1人が違う表情をしていることに気がついた。


その夜はあまり深酒をせず、疲れを取る為に早めに解散した。


マンションに戻ると、テーブルの上が散乱したままだった。

「ごめん。いろいろ計算してたら遅刻しそうになって、そのまま出掛けちゃった」

「いいよ。ん…1200万?」

「ごめん。今片付けるね」

「すごい貯金してるな」

「だって私なんか18から働き出して、この業界で10年は稼げないんだよ?」

「ユミさんもユカさんも、そんなこと言ってたな」

「そうだよ。ピークは5年くらいだもん」

「給料全部貯金してんだ?」

「前は家賃とか光熱費あったけど、今は一緒に住んでるでしょ?服や貴金属は客が買って

 くれるし、ご飯も出してくれるから使い道無いのよ」

「ああ」

彼の表情がみるみる変わったのが分かった。

「2人の将来の為に今のうちに貯めとかないとね」

「どうせ俺の貯金なんてユイの半分の半分も無いよ」

初めて見せる彼の嫌悪感。

「すごいよな。情報誌の表紙になっちゃうような女は!」

「どしたの?怒らせるようなこと言っちゃった?」

「何でもないよ。タバコ買いに行ってくる」

彼は部屋を出て行ってしまった。


ナイレポの話があってから、私が載ったことは、いつかバレることだとは思っていた。

彼より、私の方が先だったという結果にプライドを傷付けないか心配はしていた。

貯金通帳に限っては、私のミスだ。

彼は仕事の疲れやストレスが、爆発してしまったのだろう。


彼は悪くない。

私のケアレスミスだ。

彼のプライドを傷つけるようなことをしてしまった。

妊娠のことを話せなかったのもそうだ。

彼を信じて話していれば、私が苦悩することもなかったはずだ。

私は自己嫌悪に陥った。


私は部屋を出て、車に飛び乗った。

朝方の車の居ない道路で、スピードを上げていく。

彼から買ったばかりの携帯に着信が入る。

「何?」

「どこ行くんだよ?」

「何で?いいじゃない」

「じゃ勝手にしろ」

売り言葉に買い言葉とは、このことだ。

電話を切られて、車を停めた。

髪がくしゃくしゃになるまで、頭を抱えた。


お互いに分かっているはずだ。

気持ちと裏腹な言葉だけが飛び交う。

彼を失うことを恐れているのは私なのに。


頭を冷やそうと数時間、首都高速を何周も回っていた。

やはりどう考えても私が悪い。

こんなことで余計な気を使わせてしまっている。

彼のもとへ帰ろう。

こんなことで愛する気持ちが折れたくない。

ずっと彼のそばに居たいなら、素直にならないと。

部屋に帰って、息が出来なくなるくらい強く抱きしめてもらおう。


マンションの近所まで来ると車の調子が悪くなった。

「何これ」

スローダウンしたかと思うと車は止まった。

「あら、ガス欠…」


素直になろうと決めた私は、躊躇なく彼に電話した。

「ね?愛してる?」

「愛してるよ」

「どれくらい?」

「世界で1番」

「ウソ?」

「本当だよ」

「じゃちゃんと言って」

「ユイを世界で1番愛してる」

「じゃ許してあげる。タバコも財布も何も持って来なかったの」

「迎えに行くよ。どこに居る?」

「マンションから10分くらいのとこ。帰ろうとしたらガス欠で止まった」

「ん?ガス欠になったの?」

「しょうがないでしょ。朝までずっと走ってたんだから」


彼はすぐに迎えに来てくれた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ