ユイ17
クリスマスイベントも終わり、年末の繁忙期の真っ只中。
街はイルミネーションで彩られ、一際煌びやかになっていた。
人々が行き交う交差点は、夜遅くまで混雑していた。
彼や私も多忙を極めていた。
クリスマス後から、晦日や大晦日までは1年で1番売上がある時期。
心身ともに疲れのピークとなる。
そんな中、私は体に異変を感じた。
生理が来ない。
確かに私は生理不順で、周期が明確ではない。
私は確かめる為に妊娠検査キットを買いに行った。
「区役所に用事があるから、昼間出掛けるね」
レストランのトイレで検査キットを試してみた。
検査結果は、陽性だった。
彼の子供を妊娠していたのだ。
私にとって最高に喜ばしい出来事なのだが、彼はどう思うだろう。
彼は私を大事にしてくれ、愛してくれている。
態度や行動、言葉でも愛していることを表現してくれる。
私もそれらに安心しており、彼を心の底から信用している。
私はユミさんの言葉を思い出していた。
『あの子ね、女関係でゴタゴタがあったから今は仕事一本だよ』
私の目にもそう映る。
彼は私の存在が支えになると言ってくれた。
でも私が出産して、彼の子供が居た場合、重荷にならないだろうか。
それが主因となって、私達が別れたりしないだろうか。
彼は目標や夢に向かって、仕事に取り組んでいる。
私と子供が彼の足枷になったりしないだろうか。
私は妊娠という現実を苦悩した。
ユミさんやユカさん、チハルやメグミにも相談出来なかった。
私は独り、産婦人科へ向かった。
数年前に堕胎手術をした病院を訪れた。
嫌な思い出だった。
でもあの頃の私と、今の私は全く違う。
しかし悩みながら、この長椅子に座っているのは同じだった。
とりあえず診察してもらい、状況を確認したかった。
「おめでたと言いたいところなんだけど」
「はい?」
「でもまだ心臓の音が聞こえにくいから、またしばらくしたら来てもらおうかな」
「分かりました」
私はその日、彼と家を出たが休みを取った。
「お母さん、居る?」
「あら、久しぶりね」
「ただいま」
「今の彼とうまくいってるの?」
私は母に彼との関係を話した。
母は私のことを1番知っている。
何も興味を示さず、表情も出さなかった。
今は彼と居るだけで安心する。
彼のことを思えば、胸に心地良い痛みが走る。
彼と一緒なら、笑え、泣ける。
彼の為に何かしたいと思う。
「あなたがここまで変わるなんてね。良い彼なのね」
母は私が想う、彼への気持ちに驚いていた。
それらを踏まえて、今回の妊娠のことを話した。
「あなたはどうしたいの?」
「彼のお嫁さんになって、彼の子供を産みたい」
「それでいいじゃない」
「でも…」
「彼の仕事の支障になるから?」
「なると思う…彼はこれから独立して会社を起業しようとしてるの」
「それは立派なことだわ」
「彼はそれ以外、見え…」
「お母さんは、そう思わないな」
いつになく、母は語気を強めた。
母は私の信じた男への想いを貫き通せとのことだった。
母に背中を押され、私は彼のマンションへと帰った。
掃除機をかけ、洗濯をし、布団乾燥機をセットした。
私はベッドの脇に置いてある、彼と私が写っている写真を抱きしめた。
母の言葉、私と彼の日々が大丈夫だと、私を落ち着かせた。
彼が好きな食べ物を作って待っていよう。
そこで話を聞いてもらおうと思った。
日付が変わる頃、彼のポケベルを鳴らした。
多忙を極めているのだろう。
電話が鳴るまで、少しの時間を要した。
「どした?なんで自宅なの?」
「さぼっちゃった」
「あはは。店は参ってるだろうな」
「いいのよ。今日は何時頃帰って来れそう?」
「何かあんの?」
「たまにはご飯作ってあげようかなって」
「そうか。じゃ帰る前に連絡入れるよ」
彼から電話があったのは、午前4時だった。
「悪い悪い。ミーティングに時間掛かっちゃったよ」
「じゃ今から温めるから」
「急いで帰るよ」
電話を切って、15分経った頃だろうか。
鍵を挿す音が聞こえた。
「おかえり!」
もう何日も逢っていないかのような感覚だった。
私は彼を見るなり、抱き付いた。
「あはは。どうした?着替えさせてくれよ」
「逢いたかったから」
「俺もだよ」
彼は強く抱きしめ返してくれた。
私の手料理を彼は美味しそうに頬張っていた。
「ビール飲む?」
「今日はいいや。お茶ちょうだい」
「はい」
「今日も売上さ、記録更新だよ」
「本当?すごいね」
「イシハラが育ってきたのが大きいかな」
「自分がフリーで動けるから?」
「そういうこと。大入りが楽しみだな」
「良かったね」
「今年ももう少しだから、踏ん張るしかないよ」
「そうだね」
「正月休みは旅行連れて行くからさ」
「やったー!」
「キムラやコダマ達と一緒だよ。イシハラは今のところ微妙だけどね」
「そうなんだ。楽しみだね」
彼に旅行に連れて行ってもらう嬉しさと裏腹な思いを抱いていた。
やっぱり言えない。
私はそう思った。
疲れ切って帰って来た彼は、目を輝かせて仕事の話をした。
今の彼は、仕事で手一杯なのだろう。
今のタイミングでは、言えなかった。
彼を信じていない訳ではない。
どうしようもない気持ちで押しつぶされそうだった。
本来、喜ばしいことなのに素直に喜べない。
彼を愛して、彼に愛されたいだけなのに。
こんなことで彼と別れたくない。
負の考えは、連鎖を起こしてこんなことまで考えさせた。
「一緒に風呂入るか?」
「うん」
彼は湯船に浸かりながら、居眠りをしていた。
よっぽど疲れているのだろう。
しばらく経過を待ってから、彼に話すことにした。