ユイ16
クリスマスイブの日。
私と彼はいつも通り、出勤して行った。
街は師走が駆け抜けていた。
しかしその日の営業は散々だった。
客入りは悪くなかった。
女の子の出勤が足りなかったのだ。
1人で来店する客は、店側の判断で入店を断った。
目先の売上を確保したい、店側の戦略だ。
彼が以前、私に話してくれたことがあった。
出勤数と店内客数の最適な割合。
満卓時に25人の客が居れば、女の子は20人くらいでいいという。
客からすれば、マンツーマンが当たり前と思う。
店側からすれば、このマイナス5人が1番利益を生むところだという。
ただ1名の客を断ることほど、店の名声を落とすことはないらしい。
1名で飲みに来る客でフリーは稀だ。
ほとんどの1名で来店する客は常連といっても過言ではない。
それを出勤数によって、入店を断るのはもっての他だと彼は言う。
飲み会帰りで一見客の団体は、ほとんどがリピーターとならない。
今日の営業は、そのリピーターにならない客を入れていた。
もちろん、終礼時に女の子からクレームが多数あったのは言うまでもない。
彼は損して得を取る客は居るという。
それを見極めるのが、男子スタッフであり、店舗長の仕事だと言っていた。
今後に繋がる客を見極め、女の子に稼がせ、店の売上を上げる。
これが店舗長としての責任だという。
「せっかく営業電話して、来てもらってるのに入れないってどういうこと!」
「客を呼んでるのに指名がゼロってどういう営業してんのよ!」
「頼み込まれて、出勤してんのに稼げないじゃない!」
みんなの不満は最もだった。
私も被害者の1人で、常連客を帰された。
女の子主体でやってきたこの店もここまでか。
私達の意見を取り入れ、それらを営業に反映させていた。
その分、男子スタッフが成長していなかったかもしれない。
どんなに女の子が頑張って客を呼んでもこれなら2度と来ないだろう。
数名の客を持っている女の子とそれらをヘルプする女の子。
これらが微妙なパワーバランスで営業が成り立ち、売上を上げてきた。
客は離れ、稼げなくなった女の子達は辞めていくだろう。
売上が上らない店が潰れるのに時間は掛からない。
怒声飛び交う終礼に付き合うつもりは無く、私は無言で店を出て行った。
うちの店でも彼の居る、キングの話はよく耳にした。
良い女の子達が揃っており、出勤も安定している。
いつ行ってもちゃんとした営業をしていると。
また男子スタッフがすごい仕事をするとも聞いたことがある。
そのスタッフの長である店長が、仕事に対して全く妥協しないとも。
この地域で1番有名な店長であるとも聞いた。
男子スタッフはおろか、女の子、客にまでその名を轟かせていた。
その噂の本人が、私の彼だと気分が良いものだ。
彼とは、ショットバーで待合わせしていた。
「あれ?ずいぶん早いのね」
「ああ、さすがに今日はみんな早く帰したよ」
私は店であったことを彼に話した。
「ユイ、店というのは全て男子スタッフで決まるんだよ」
彼は理想と夢を語ってくれた。
店とは仕事が出来る男子スタッフが居ないと、良い売上が出ない。
もちろん仕事が出来るスタッフが居なければ、全ての従業員が稼げない。
スタッフが見る目があれば、良い女の子を育てられる。
見る目はスタッフが仕事をこなしていく中で、養われるという。
「店というのは、失墜するのは一瞬だからな」
「そうだよね」
「ユイ、その店はヤバイかもな」
「いつ辞めてもいいもん」
「そうだな」
そして彼は夢を続けてくれた。
「俺は近い将来、キングを辞めて独立する」
「やっぱり?」
「やっぱりって?」
「目標や夢を持って、仕事してるように見えるもん」
「あはは。そうか」
彼が独立という言葉に出したのは、初めてではないだろうか。
私がいつ辞めてもいいというのは、そんな彼を支える為だ。
「そういえば、イシハラに女が出来たんだよ」
「そうなの?」
「ユイにはちゃんと言っておく」
「何?」
「その子は少し俺と付き合ってたことがあるんだ」
「過去のことは気にしないから大丈夫」
「そっか」
彼のどんなことも伝えてくれるところが好きだった。
過去の女性遍歴を聞きたくない女が普通だろうが、私は彼の全てを知りたかった。
彼は私のことについて、自分から聞くまで喋らなくていいと言った。
本音を言えば、少しくらい彼にヤキモチを焼いて欲しかった。
私がこんな気持ちになるのは、彼が初めてだった。
とある夜、彼は疲れ切って帰ってきた。
「いやあ、疲れた!」
「ご飯出来てるよ」
「大晦日は忙しいんでしょ?」
「ああ、間違いないな。でも25時で閉めるよ」
「うちの店は定時までだね」
「働いてる人間には、仕事の強弱が必要なのにな」
彼は働いている人の気持ちにもなれる人物だった。
現場に近くて、経営者にも近い考えをも持ち合わせている。
さらに彼は、女の子目線でも居てくれる。
彼のような考えを持って、仕事にあたっている人間は数少ない。
だからあっという間に出世して、業界に名を轟かせているのだろう。
その彼のもとに取材要請が入ったと教えてくれた。
「そういえば店に取材したいっていう媒体から連絡あってさ」
ナイトレポートという夜の飲食店情報や風俗店の紹介している新聞社から要請があったらしい。
ナイトレポート、通称ナイレポ。
この業界では圧倒的に有名な情報誌だ。
店側から宣伝にと、取材に来てくれといってもナイレポ側が良いと判断しないと取材に来ない。
話題性、客入り、口コミ等の好条件が揃っていないと取材には来てくれない。
それほど、敷居が高い情報誌なのだ。
必然的にナイレポに掲載された女の子目当ての客は増える。
相乗効果で店の売上は、爆発的に伸びる。
彼の店に取材に来るのは、必然であって偶然ではない。
今のキングは、彼がここまでに作り上げたのだ。
さらに私の自慢の彼は、躍進していくことになる。