ユイ15
この業界でのクリスマスといえば、イベントとしては成り立たない。
18歳〜30歳くらいまでの、女の子が夜仕事をする。
彼氏が居るからと見栄もあるが、出勤したがらないのが常だ。
街が師走の賑わう頃、店としては何日も前からシフトに苦しむ。
私の場合は、彼と時間帯が合う為、必然的にシフトを入れる。
「ユイさん、助かりますよ」
「いいよ。でも彼が休みのときは、絶対に休むからね」
「分かってますよ」
常に20名ほど出勤している店がこの2日間に限っては、3分の2くらいになる。
若い子にとっては、大事なイベントの日になる。
主婦達は、家族に時間を割くことになる。
出勤する女の子は、純粋に稼ぎたい子か、彼氏も居ない暇な子だ。
「イブに出勤するってことは、ユイちゃんは彼氏居ないの?」
冷やかしなのか、嫌味なのか、必ずこう聞く客が居る。
常連客でアフターも誘ってこない客には、彼の存在を話す。
ヤリたい一心で口説きに来てる客には、彼の存在を隠す。
私はそのように使い分けていた。
彼は客とのアフターに嫌な顔をしない。
仕事に関しては、お互いプロとしての意識を持とうという話だ。
女心としてはヤキモチや束縛が欲しいところだが、彼の仕事への考えは尊敬に値する。
最高の仕事をして、最高のギャラを手にする。
強いて言えば、それらが夢を売る商売だと。
そして自分達が夢や目標を追い掛け続ける。
彼はそれらに対して、曇りが無く純粋なのだ。
「ユイの店は、クリスマスの出勤どうだ?」
「3分の2くらいしか出ないみたい。キングは?」
「イシハラにもし定員割れしたら…ってプレッシャー掛けたよ」
「あはは」
「今のところ、ちゃんとシフトは足りてるな」
「そうなんだ。ねね、イブは何か予定あるの?」
「仕事終わってからは、ユイに時間充てないとまずいだろ」
「当然!」
イブの日を数日後に控えた夜、彼から連絡があった。
「蘭三郎のママから連絡があった」
「何だって?」
「最後にデートしてくれってさ」
「1人で行くの?」
「まさか。イシハラもボディガードとして連れて行く」
「イシハラくんでボディガードになるのかな…」
「微妙だな」
このやり取りの後、彼と翌朝まで連絡が取れなくなる。
いつもは朝6時くらいまでには帰宅する。
しかしこの日に限って連絡も無ければ、帰宅してこない。
嫌な予感が的中することにならなければいいが。
ベランダから、外の様子を眺めていた。
7時を回ると通勤や通学の人で混雑する。
何度もポケベルに連絡するが、一向に折り返しはなかった。
私は眠れず、彼を心配し、待ち続けた。
朝の9時頃になって、玄関のドアに鍵を挿す音が聞こえた。
「ママね?何かされたの?」
彼の姿を見るなり、涙を流して抱きついた。
彼とイシハラくんは、睡眠入りのコーヒーを飲まされたという。
ホテルに連れ込まれ、イシハラくんと共にイタズラをされたらしい。
「許せない…」
「ユイ、今回は俺とイシハラが油断した結果がこれだ。俺が後始末をつけるよ。もう女とは
思わない。睡眠薬なんか使いやがって」
「分かった!信じてるから」
「心配させないようにするから、寝てな」
さらに私の嫌な予感が途切れることはなかった。
「ユミさん…」
ユカさんはこの時間寝ているはずだ。
ユミさんなら、何か分かるかもしれない。
「もしもし」
「ユミさん、こんな時間にすいません」
私はユミさんに、事の一部始終を話した。
そして彼が血相を変えて、仕返しに向かったことも。
「私にも責任の一部はあるのよ」
ユミさんは彼から相談を受けていたらしい。
その中でユミさんは、結果的には違うアドバイスを送ってしまったという。
「あの子は優しいからね。すぐ調べるから待ってな」
「うん、お願いします」
ユミさんからの折り返しの電話はすぐに鳴った。
「ユイ、思い出したことがあるんだけどさ…」
ユミさんとユカさんは、ママの住んでる家に行ったことがあったという。
ユミさんの言う家は自宅ではなく、ママの親が仲が良い人の家らしい。
そこはヤクザの親分の家だという。
「ユミさん、何とかその人に連絡入れて」
「話してみるよ」
「うん、すぐに折り返してね」
時間にして5分くらい。
そのときの私は、その5分が永遠にも感じられた。
「ユミさん!どうだった?」
「話だけは聞いてやるって」
「だけ?」
「相手はヤクザの親分よ?それだけでもラッキーだわ」
「何ともなってないじゃない!」
「待ってユイ」
ユミさんはとにかく話は聞いてくれと頼んでくれた。
そして彼の話に納得がいかなければ、好きにしていいと。
「あの子が無傷で帰って来れると信じてるわ」
ユミさん同様、私も彼の帰りを待つしかなかった。
彼が帰ってきたのは、お昼近くになってからだった。
「ただいま」
彼は無事に帰ってきた。
「無事で良かった…」
「ユイが動いてくれたんだってな」
「じっとしてられなかったから」
「ユミさんのところにも寄って来た」
彼は予想通り、正面から家を訪ねたという。
親代わりだと名乗った、ヤクザの親分から条件を言われたという。
「店を閉めて、商売もさせない。俺らの前に一切姿を見させないってね」
「何て答えたの?」
「それじゃ意地を通せないって」
「やめてよ…何かされたらどうすんの?」
「店も商売も辞めなくていいって」
「うん」
「商売ではある種、尊敬もしてるってな」
「でも話がついてるのにその行為は許せないって?」
「うん。ワビさえ入れてくれれば、引くってな」
保身の為ではなく、真っ向からの本音をヤクザの親分が受け入れてくれたという。
「ユミさんから連絡あったことも、その場で聞いた」
「うん」
「ユミさんからユイの話も聞いた」
そういうと彼は心配し続けた私を強く抱きしめてくれた。
「ユイ、心配掛けて悪かったな」
彼は若さゆえの無鉄砲な部分がある。
筋が通らなかったとはいえ、ヤクザの組長宅に押し掛けたのだ。
私は彼の行動を止めることはしなかった。
彼と一緒なら、地獄に堕ちるのも天に昇るのも本望。
しかし彼には運がある。
未来に向かって、光り輝く強運を持っている。
私はその彼のそばに居続けたい。