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ユイ11

彼の部下の逮捕からしばらくすると月例ミーティングがあった。

いつもより早く起きて、出勤して行った。


その日の営業終了後、彼のポケットベルを鳴らした。

「お疲れ、どうした?」

「今日は帰り何時くらい?」

「コダマとキムラと飲みに行くから、少し遅くなるよ」

「そう」

「今日さ、店長に昇格したよ」

「それのお祝い?」

「それもあるけど、コダマが話があるって」

「ユイ、寂しくて死んじゃうかも…」

「あはは、おいで。行きつけのショットバー分かるよな?」

「うん」


最初は、彼の店長昇進をお祝いしていた。

コダマくんが、とあることを話し出すと3人の表情が変わった。

「タカツカサさん、覚醒剤やってんじゃないかなって思うときあるんだよ」

タカツカサとは、3人の公私共に兄貴的存在の人だという。


彼達は疑いを晴らす為に、タカツカサさんを飲みに誘った。

そこでイレズミを彫る途中の背中を見せられたという。

彼達は、絶対的な信頼を寄せていたタカツカサさんに問い詰めることはしなかった。


考え方や3人に対する気持ちは変わらない。

彼達3人が負い付き追い越そうとしている。

これに嫉妬心は無い。

逆に喜ばしいことだ。

今でも志は彼達と逢った時と変わっていない。

タカツカサさんは、そう諭したという。


彼がその話を私にしてくれてから数日後。

彼と一向に連絡が取れなくなった。

ポケットベルを鳴らしても、店に直接、電話しても彼と繋がることはなかった。


明け方になって、彼から電話があった。

「ユイ?俺。今、通り沿いの病院に居る」

「病院!」

「うん、帰ったら話す。少し遅くなるかも」

「分かった」

雰囲気からして、彼のどこかが悪くて病院に居る訳ではないらしい。

彼からの連絡を待つことにした。


朝になって、彼は帰ってきた。

無断欠勤が続いていた、タカツカサさんの様子を見に行ったらしい。

そこでオーバードースして、生死を彷徨っていたタカツカサさんを見付けたという。

一命は取り留めたが、警察が回復を待って逮捕する旨の説明をされた。

「そう。大変だったね。寝れそう?今日はゆっくり休んで」

さすがの彼も涙を流していた。

部下と上司が、薬物に汚染されていたのだ。

私はそっと、彼の涙を拭うと強く抱きしめた。


翌日、彼は何事も無かったかのように、いつもどおり出勤して行った。

私も客との同伴の約束をしていた為、早めに出勤した。

「ユイちゃん」

「キムラくん、おはよう」

「マナブ、帰ってきた?」

「うん、朝ね」

「ううん、今日だよ?」

「さっき家出てきたとこだけど…」

「次長が休んでいいって」

「そうなんだ。連絡とってみる。ありがとう」


彼に連絡を取った。

「今日帰らせてくれたんだ?キムラくんとさっき、偶然逢ったらそんなこと言ってたから」

「ああ。次長がね、今日は休んでいいってさ」

「分かった。早く帰るようにするね」


彼のことが心配で頭から離れなかった。

「今日、早めに帰れそうなら上らせて」

しかし、こんな日に限って指名客がたくさん来店した。

「何だか、今日のユイちゃん元気無いね?」

「ん?そんなことないよ」

心配事があることは、周囲の人間に分かっていた。

私はこのようなとき、いつでも鉄仮面で居れた。

この仕事に関しては、割り切っていたから。

のはずだった。


私の気持ちとは裏腹に、その日の営業は忙しかった。

店自体は暇だったが、私の指名客が閉店まで途切れることはなかった。

営業終了後、送り待ちをせずにタクシーで帰宅した。


「ただいま!」

鍵を開けると彼が少し仮眠をしていたのか、寝起きだった。

「ご飯食べた?何か食べに行く?」

「いや木村と児玉が来るってさ」

「お腹空かない?大丈夫?」

「うーん。食欲が無いよ…今何時?」

とりあえず私は、彼に詫びようと思った。

「3時前。早く帰ろうと思ったけど指名が重なっちゃって。ごめんね」

「いいよ。俺は大丈夫だから」

気丈に振舞うことが常な彼も、さすがに今回は参っているようだった。


部屋着に着替えた頃、インターホンが鳴った。

「木村と児玉だ。いいよ、俺が出る」


「お疲れさん。どうせ何も飲み食いしてないんだろ?」

「お疲れ。ビールもたんまり買ってきたぜ」

彼は2人を部屋へ招き入れた。


彼には、どんなときにでも駆けつけてくれる仲間が居る。

歳こそバラバラの3人だが、すごい結束力を感じる。

3人のうち、誰かが困ると自然と集まるような感じだ。

私はこの3人を見ているのが好きだった。


「おーユイちゃん。ごめんね、お邪魔するよ」

「飲み物も食い物も4人分買ってきたよ。ユイちゃん今日もキレイだね」

「ありがと。木村くん。児玉くんは言ってくれないの?」

私はこういう彼のフィールドに居るとき、極力、前に出ないようにしている。


私の思う、男の立て方。

今回のように彼が落ち込んでいるときに、彼の仲間が来た。

私はそれらに対して、一切口を開くことはない。

そこは彼と仲間の独壇場で良いと思っているからだ。

彼と仲間の邪魔になりたくない。

私が出来ることは、そっと彼の手を握り続けることくらいだろう。


キムラくんやコダマくんは、今回の事件のことは口にしなかった。

気遣いであり、優しさだろう。

2人の言う冗談にも、次第に彼は笑顔を見せるようになった。

これが私の知らなかった光景、友情というものなのだろう。

このような仲間が居る彼を、私は惚れ直す。

私が知らない世界でも、彼が知っている。

彼と私は一体であり、一対なのだ。

彼は私であり、私は彼なのだ。

全ての感情を共有したい。

私にとって、最後の男なのだから。


朝方になってインターホンが鳴る。

「誰だよ?こんな時間に」

「私出る。座ってて」

彼やキムラくん、コダマくんを制して、インターホン越しに対応する。

「はい」

「こんな時間に申し訳ありません。警察ですが、マイカワさんはおいでですか?」

私の表情は一変する。

「ユイ?どした?誰だ?」

「警察だって。マイカワさん居ますかって…」

私に代わり、彼がインターホンで応対する。


「今、ドアを開けます」

彼がドアを開けると警察手帳を見せる刑事の姿があった。






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