絵本テキスト【1】「霧」
絵本的構成に基づいて書いたものです。
番号で区分して、場面転換しています。
想像する場面は人それぞれ、千差万別ですよね。
皆さんの想像と、私の想像が近ければ、
共有感覚が近いということで、なんか嬉しいです。
(1)
ある晴れた日、
一人の少女が、
草原の一本道を、
おばあさんの家へ向かって歩いていました。
少女の家からおばあさんの家までは、
小さな森と、小川を越えれば、
すぐに着くでしょう。
(2)
しばらく歩いていくと、
道ばたに、今まで見たことのない、
美しい花が、一輪、咲いていました。
濃いむらさき色と真ん中の黄色いめしべが
とても印象的に輝いていました。
(3)
「あら、こんなにきれいなお花、
おばあさんに持って行ったら喜ぶかしら」
花に手を伸ばそうとした時、
霧がすぐ近くまで来ていたことに、
少女は気が付きませんでした。
(4)
まっ白な霧の中で、
むらさき色の輝く花だけが
浮かび上がっていました。
霧は、少女にささやきました。
「だれにもわかりはしないよ」
(5)
霧に包みこまれたある家では、
男の子がそーっと戸だなを開けて、
中にあったお菓子を食べてしまいました。
(6)
霧に包みこまれたある警察署では、
どろぼうが、ろうやから、
そーっと逃げ出しました。
(7)
霧に包みこまれたある銀行では、
窓口係が、自分のカバンに
たくさんのお金を詰めこんでしまいました。
(8)
霧に包みこまれたある村では、
村人たちが、一人の男を、
木から吊るしてしまいました。
(9)
霧に包みこまれたあるお屋敷では、
召し使いが、主人を、
ナイフで刺し殺してしまいました。
(10)
霧に包みこまれたある国境では、
国王が、木の杭を抜いて、
国境線を広げてしまいました。
(11)
霧に包みこまれたある基地では、
大統領が、最後のボタンを、
押そうとしていました。
(12)
霧にささやかれた少女は答えました。
「霧の中でお花を摘んでしまったら、
ここに美しい花があったということが、
だれにもわからなくなってしまうわ」
(13)
少女が花から手を離して立ち上がると、
突然、強い風が吹いて、あたりの霧は、
まったく無くなってしまいました。
そして、ささやき声も聞こえなくなりました。
(14)
少女は、おばあさんの家に着いて、
声をかけました。
「おばあさん、こんにちは」
家の中の足音が玄関の方へ近づいてきて、
やさしそうなおばあさんがドアを開けました。
「あらー、いらっしゃい。ひどい霧だったでしょう」
「なんだか、霧の中だと、
いけないことをしてしまいそう」
少女は、それだけ言いました。
(15)
「でも、霧はいつか晴れるわ。
そうしたら、悪いことはみんなバレてしまう」
おばあさんは、そう教えてくれました。
少女は、先週来た時には無かった、
玄関先に植えられた美しく輝くむらさき色の花と、
やさしそうなおばあさんの顔を、交互にながめて、
もう一度、霧がやって来るのを待ちました。
おわり