おにぎりころころ落ちてった
重い瞼を擦り、目を覚ます。
ここは一体どこなのか。
まるでわからない。
前後の記憶が繋がらない。
どうやら山深い場所で、儂は……空腹だ。
「どこかに食べる物はないか?」
きょろきょろと辺りを見回す。すると切り株の上におにぎりがあった。何とかあれを食べて力をつけなくては。
よろよろと這いながらそのおにぎりに手を伸ばすが……手を滑らせてしまい、おにぎりは切り株から落ち、さらにコロコロと坂道を転がっていく。
「お、おい! どこへ行く!」
空腹を忘れて走り出す。その間にもおにぎりは転がり、どこに繋がるかもわからない穴に落ちていった。
「それは儂のだ!」
走る勢いのまま穴に飛び込む。穴はそれほど深くなかったのか、落ちても体は痛まなかった。
だが、おにぎりはどこにもない。それどころか辺りを見回すとそこは……火と岩ばかりが転がる荒れ果てた大地だった。
「何じゃここは……」
困惑し、ふと足音をした方角を見ると……そこには異形がいた。
「ひ……」
思わず口元を押さえる。
赤い肌。頭に生える角。あれは鬼だ。
「儂は地獄に来てしまったのか?」
おにぎりをとろうとしただけで、生きながら地獄に落ちるなど、あまりにあまりだ。
「逃げなければ」
ごつごつとした岩を裸足で駆け抜ける。
鬼に見つからないように、慎重に、しかし素早く。
「帰らねばならん……帰らねばならんのだ」
走るうちに徐々に記憶を取り戻した。
頼れる友人、美しい妻、病弱な母。皆、助けると約束した大切な人だ。
だが足に力が入らない。せめて、何か口に入れなければ。
すると先ほどのおにぎりが。
「儂のだ!」
叫び、飛びつく。遂におにぎりに触れる。だが
「ぎゃあ! 熱い!?」
焼けた鉄のように熱い、いや、焼けた鉄そのものだ。
「ぎゃあ! 何故だ! 儂は何も悪いことをしておらん! 儂は悩める人を、病める人を救おうとしただけなのだ!」
そう叫ぶが何故か鉄から手を放すことさえできない。老人は焼き尽くされ、やがて灰となった。
ここは地獄。
大叫喚地獄の小地獄が一つ、唐悕望処。
困窮する人を助けると嘘をつき、助けなかった者が落ちる地獄。
例え、本人がその罪を覚えていなかったとしても、記憶がねじ曲がっていたとしても、傷ついた人々がいるのなら、地獄は容赦しない。