寒ブリを頼んだはずなのに、さっきから変な寿司ばかり流れてくる…………
私はイカとサーモンが好きです
全国展開まっただ中、回転寿司屋なのに24時間営業とちょいと不思議な『カッパッパ寿司』。休日の昼時は席が埋まるほどの大盛況で、その日もお客さんが外まで寿司詰めになるほど溢れていた。
「愛ちゃん。今日は握りやってみようか?」
店長の相川氏。四十過ぎてまだ独身の社畜野郎。現場と本社からの板挟みで頭はカッパになっており、あらゆる意味で気苦労が絶えない男である。
「えーっ? やったぁ!」
愛ちゃんはこの店で働き始めたド新人であるが、皿を洗えば洗い残しが目立ち、レジをやればお釣りや注文を間違え、仕方なく店長が寿司を握らせようと、中へと手招きをした。カッパッパ寿司は万年人手不足で悩まされており、愛ちゃんの粗相にも、店長は笑って許していた。しかし、仏の顔も三度まで。つまり、ココでダメならクビである。
「ネタはこっから。棚に名前書いてあるから大丈夫だよね?」
「はい♪」
「まな板に線があるでしょ? この線でネタを切る」
「はいはい♪」
「ご飯は大体これくらい。ご飯とネタを、我が社の最新式握りマシーンの上に乗せる。わさびは自動だから要らないときはこのスイッチをオフにしてね?」
「はいはいはい♪」
「で、出来たお寿司が皿に落ちてくる」
「美味しーい♪」
──モグモグ
寿司を頬張り、喜ぶ愛ちゃん。店長の毛量が僅かに減る音がしたが、そこは長年培ってきた忍耐でカバーをした。
「で、お皿がココに戻ってきた時点で自動的にお皿が90°回る仕組みになっているから、一周回ったお皿……つまり場内を四周回ったお皿ね? これはこの霧吹きを一回」
「はいはいはいはい……」
「それじゃあ、宜しくね。くれぐれも、く れ ぐ れ も! 慎重にね……?」
「はーい……」
店長がフロアへと戻ると、愛ちゃんの目の前にあるモニターに次々と注文が映し出された。
「マグロ、イカ、を3番へ……」
人差し指で棚の名札を探り、イカとマグロを出し、慎重に切る愛ちゃん。
「よし、切れた」
マグロとシャリを握りマシーンに乗せると、自動で寿司が握られ、赤い100円の皿に筋が落ちた。
「あれ? 切った残りがこれしかない……」
愛ちゃんのまな板には、どう見ても寿司一つ分のマグロしか残されておらず、よーく皿を見てみると、切った残りのサクがシャリの上に乗っていた。
「ま、いっか。手書きで1000円って書いとこ♪」
ワサビのチューブで『千円』と大きく書かれた巨大マグロを100円の皿10枚重ねでレーンに流すと、異変に気づいた店長が血相を変えて戻ってきた。
「愛ちゃん!? 何これ何これ!?」
レーンに流れる巨大マグロを指差す店長。しかしその矢先、巨大マグロを子どもが手にしてしまい、嬉々として食べ始めた。
「売れましたテンチョ♪」
「え、あ……うん。……うん…………」
店長はガックリと項垂れてフロアへと戻り、愛ちゃんがモニターに目をやると、注文が次々と流れており、再び棚を開けて指先でネタを探し始める作業に戻った。
「ヒラメヒラメ……あった。ブリブリブリブリ……あった。マグロマグロ……オッケー」
サクを三つ手に取り、重ねて切る愛ちゃん。一回で三種類が切れて実に効率的である。
──ピンポーン
注文の音が鳴り、愛ちゃんのモニターに『寒ブリ』の文字が入った。
「あーもう、間に合わないよー」
愛ちゃんはネタを三種類同じ皿に乗せ、シャリを山盛りに別な皿へと乗せると、そのままレーンへと流した。
「忙しいからセルフでお願いしまーす!」
そして店長が血相を変えて戻ってきた…………。
「愛ちゃん!! 愛ちゃん!?」
「えっ? どすたのテンチョ?」
「あれ! あれだよね!?」
店長が寿司屋の仕事にあるまじき暴挙を指差すが、既にそこには何も無く、子どもが嬉々として寿司を握る姿だけがあった。
「何もありませんよ?」
「…………うん。……うん……そうだね……」
髪の毛がスルリと抜け落ちるほどに頭を垂らして歩き去る店長。その間にもモニターには次々と注文が入っていた。
「うわー……大変」
まるで他人事のように話す愛ちゃん。冷蔵庫の棚を開けてネタを取り出し、その間にもレーンの周回を見て霧吹きを手にした。
「はい、マグロ乗せる……」
「霧吹き……」
「マグロ流す……」
「サーモン切る」
「……霧吹き」
「サーモン乗せる」
「霧吹き……」
「サーモン流す」
「愛ちゃん大丈夫?」
少し自らの行いが心配になった店長が、様子を見に来た。しかし愛ちゃんは真剣な眼差しで寿司に取り組んでおり、店長は「ゴメン、何でもない」と手を振ってフロアへと戻った。
「霧吹き切る……」
「……穴子」
「霧吹き乗せる」
「……穴子」
「霧吹き流す……」
「穴子……」
「愛ちゃん!!!!」
店長の叫び声で我に返る愛ちゃんは、レーンに流れる霧吹きのバラバラ死体と、あらゆるネタの穴子二段乗せを見てテへペロを一つお見舞いした。
「愛ちゃんココはもう良いから、誰かと変わって頂戴……」
流石の店長も諦めたのか、愛ちゃんを中から外し、フロアへ行くように指示を出すが、愛ちゃんは喜んで「はーい♪」と駆けだした。
「まったく最近の若い娘は……」
ぶつくさと手慣れた手つきで寿司を流す店長。ふと、脇目を振ると、厨房の暖簾の前に立つ一人のオッサンが目に着いた。
「すみませんお客様、こちらはスタッフ以外は立ち入り禁止でして……」
「いえ、若い女性のスタッフに変わるようにと……」
「愛ちゃん!?」
店長が勢いよく暖簾を弾くと、そこにはテーブル席で吞気に寿司を食べる愛ちゃんが居た。
「あ、テンチョ。テンチョのお寿司美味しいですね!」
「違うそうじゃない!! そんな訳ないじゃない!!」
パニックになった店長が、頭を揺さぶり毛根に更なる刺激を送る儀式を執り行うも、我関せずと寿司を食べる愛ちゃん。そしてエプロンをして包丁を握るオッサン。
「あの! お客様!?」
「いやぁ……ツケ場に立つのは十年振りだろうか……腕が鳴るぜ!!」
何を始めるかと思いきや、勢い良く寿司を握り始めるオッサン。寿司マシーンに頼らず、華麗なる手付きで寿司を握るオッサンに、店長を始めとしてその場に居たスタッフや客までもが唖然としていた……。
「ヘイ、サーモンお待ち!!」
──モグモグ
「うん! テンチョのより美味しい!!」
「へへっ! そいつは嬉しいね! 俺の腕も落ちて無かったってわけだぜぇ!」
オッサンは張り切って寿司を次々と握りだし、その寿司は飛ぶように売れ、瞬く間にネタが無くなっていった。
「…………おかしいな……なんかおかしいな……」
店長がぶつくさと不満を垂れながら皿洗いを熟し、愛ちゃんはひたすらに寿司を食べ続けた。
「旦那!」
「へっ?」
いきなり『旦那』と呼ばれた店長が、自らを指差して目を丸くした。
「あっしをココで雇っておくんなし! 腕は確かだぜぇ!?」
「それは嬉しい。嬉しいなぁ……」
店長は突如現れた大型助っ人新人に、思わず涙がこぼれた。
そして愛ちゃんをどうやって首にするかに頭を悩ませた…………。