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数ヶ月前から、最後の教会を取り囲む世論は特に不穏なものになっていた。他の教会にそうしてきたように、最後に残ったこの教会も打ち壊してしまうべきだと、日に日に多くの人々が意見を表明するようになっていた。
建物の周囲には教会の断絶を要求するデモ活動を行う人々が現れ、日増しに人数を増していった。
教会の神父たちはそんな世間の目を嘆きながら、信徒たちを集め、これは一時のことだから耐えるようにと説いていた。
「不信心による圧力は、教会の歴史の中で何度も経験されたことです。
この時代ほどひどいものは、なかったでしょうが。
それでもだからこそ、今は耐えねばなりません」
しかし外を取り囲む不信心者たちは増加する一方で減ることはなく、中の信徒たちの危機感もつのるばかりだった。やがて神父たちは信徒に指示して、食料や日常品を多めに蓄えて必要時以外は外に出ずともしばらくやり過ごせる体制を作り、また普段使う扉には厳重に鍵をかけ、余計な刺激を避けるためそれ以外の一階の窓や出入り口は締め切った上で板を打ち付けて外からの視線が通らないようにした。
板を打ち付ける作業を私も手伝った。だが、こうも思った。外を取り囲む人々が本気で中に入ってこようとしたならば、こんな素人の日曜大工作業ではすぐに押し入られるだろう。
そんな状態でしばらくが経った。熱心な信徒以外は既に教会を立ち去っていて、それでも信仰を保とうとする者と他に行き場のない者だけが残っていた。
私は、ただ淡々と教会の清掃を続けていた。日課の清掃が終わった後、他にすることのなかった私は、二階の窓の隙間から外を取り囲む信仰断絶活動に参加する人々を眺めていた。
ああ、しかし、なぜ、私はあんなことをしたのだろう。
二階から見下ろすと、デモ活動をする人々にも種々雑多な層がいるのが見えた。老若男女。熱心に前に立って声高に意見を叫ぶ者もいれば、そんな人間に追随して復唱するのが主の多数がいて、さらに彼らほどは口を開かないおそらくは何かの付き合いで参加しているような人々もいた。
その時、私はふとどこかで見たような女性がいるのを見つけた。
その女性は声高に意見を主張する別の男性の横で、まるで広告塔のように立っていた。自分からの発言はあまり多くはないが、他人から視線を向けられるのに慣れているらしい様子で、効果的な目立つタイミングで活動への賛同の声をあげては他の人間を高揚させていた。
個人的な知り合いというわけではない。全くもって知らない人間だ。
しばらくどこで見たのかを考えて、そして思いあたった。何かのコマーシャルで見た覚えがある。おそらく女優か何かに違いなかった。
その女優が本心から活動に参加していたのかは分からない。本気で宗教の断絶を目指す者だったのかもしれないし、自分の人気を高めるための一手段としてここにいたのかもしれない。賢しげな顔立ちを見るに私としては後者を疑ったが、取り巻く人々は女優を疑うこともなく自分たちと主義を同じくする者として扱っているようだ。
私は。
ふと思った。
今もしあの女優に何かあれば、その周囲の人々の教会への敵意は一気に燃え上がるだろう。
ああ、本当に、私はなぜあんなことをしたのか。
だが奇妙なことに、私はそれを後悔していないのだ。
私は、部屋にあった手近な花瓶を手に取った。それはあつらえたように手頃な大きさだった。
私は窓を開け、大きく振りかぶり、女優めがけて投げつけた。
それは見事に女優の前頭部に当たり、声高に宗教への否定を叫んでいた周囲の人々が一瞬にして静まりかえった。
それから。
倒れた女優の頭から流れる血を見て、彼らは一気に激高した。
その後の勢いは、実に恐ろしかった。一秒ごとにわき上がって強くなる怒号。怒号。怒号。
彼らは教会の壁に詰め寄り、閉じられた窓や扉をこじ開けにかかった。
私は二階の部屋を離れ、階段を降りた。地下へ向かう途中で一階の様子を見るために一度立ち止まり、覗いた。
ちょうど窓に打ち付けた板がこじ開けられ、外の人々が中に進入してきたところだった。何人かは銃を持っていて、屋内に入ってくるなり手近にいた無害な信徒や神父たちに容赦なく発砲していた。銃を持っていない者も、もともと携帯していた鈍器や入ってきたときに剥がした板材などを振りかざし、信徒を見つけざまに振り下ろしていた。
私は悲鳴と怒号が入り交じってひどい音の坩堝となった一階から離れ、急いで地下の彼女の部屋へと向かった。
どういうわけか、抑えきれずに笑いながら。




