5、
毎日毎日、教会の清掃を続けた。
私がそれまで繰り返してきたと同じ、変わらない日々だった。
彼女はずっと、何かしらの音楽を聞いていた。
音楽の内容は、最近はロック音楽を中心にヘビーローテーションして聞いているとのことだったが、部屋に積み重ねられたレコードやCDを見ると、恐ろしいほど雑多で取り留めがない種類が積み重ねられていた。ポップミュージック、ラウンジ、ジャズ、メタル、ミュージカル曲、オペラ、ゲームミュージック、アイドルソング、クラシック、童謡、民族音楽。賛美歌もあった。初めて会ったとき私に「賛美歌ばかり聞いてるなんてつまらない」と言ったが、それは本当に「同じ音楽ばかり聞くのがつまらない」という意味で、賛美歌自体は音楽の一種類として普通に嗜んでいるようだ。
「わたしはね、この世界でいろいろな人がいろいろな音楽を奏でているのが好きなのよ」
と、彼女は言った。
膝の上の金属のラッパに、いつものように手を触れながら。
「好きなものを一つになんて絞れない。
好きな何かのために他を見下すなんてこともしたくないわ」
「そういえば、聞くだけでなく自分で奏でたりはしないんですか?
歌ったり、それから……
そのラッパを吹いたり」
私がそう尋ねると、ワインのグラスをゆっくり揺らしていた手が、ぴたりと止まった。ラッパに添えた手も、心なしか強ばったようだった。
酒精で本音の見えにくい腫れぼったい目で私をしばらく黙って見た。
言った。
「吹かないわ。
……吹けないのよ。
それにね、何世紀も前に試したけれど、歌もだめだった。ラッパほど決定的ではなかったから、慌ててやめることができたけれど。でも人々が歴史の記録に残したほどの死の種を蒔いてしまったわ。
ねえ、このラッパのこと、誰かから聞いてたりはしないのかしら?」
「聞いてはいます。世界の終末を告げるラッパだとか」
「ええ、そう。そうよ。
神様がね、そのためにお作りになられたの。
もっと言えば、ラッパだけじゃなくてこのわたしを」
彼女はワインの表面にじっと視線を落とした。
「神様は、立ち去る時わたしにこうおっしゃったわ。
『この世界が嫌になったら、音楽を奏でなさい。
歌を歌い、そして最後にこのラッパを吹き鳴らしなさい。
そうしたらこの世界が終わるようにしておいたから。
タイミングはおまえの好きに任せるよ』
そうしてわたしはここにいるの。いつか奏でるメロディを頭の中でいつも繰り返しながら」
神を完全な善性だと信じる信徒が聞いたら発言者が天使であることも含めて頭を抱えそうな内容を含んでいたが、あいにく私はそういうタイプではなかったので、ただ彼女の言葉を聞き、その内容を考えた。
つまり神様は、彼女にこの世界の自壊装置だけを押しつけて、自分はこの世界から背を向けたということか。
残された彼女は彼女は何を思って生きてきたのだろう。一応、私に分かる範囲では、神様から託された役目に表立って異論を表明するつもりはないように見えるが。
……。
私は言った。
「それで。
貴女自身は、そのラッパを吹きたいのですか?」
「……」
しばらく、沈黙。
私は言った。
「貴女の本当の望みは、そのラッパを吹き鳴らすことなのではありませんか?」
「……。
心からしたいことだからといって、他の何よりも優先していいわけでもないでしょう。
わたしは音楽が好きだわ。
歌いたい。
奏でたい。
でもわたしの音楽が、この世界に受け入れられることはない。
わたしの音楽は、この世界とは共存しない。
わたしはこの世界のたくさんの音楽が好きよ。どれもみんな好き。だから、わたしはこのラッパを吹くことはない」
皮肉な話だ、と私は思った。
彼女が何千年と飲んだくれの生活を送ってきたのも無理はない。
彼女はそんなにも音楽が好きなのに。彼女自身の音楽が受け入れられることはなく、それをよそに、ただ人間たちが自分たちの音楽を謳歌する様をずっと見続けている。彼女自身の葛藤は理解されることもなく。
どんなに悲しいことだろう。
「貴女はラッパを吹き鳴らすべきなのではありませんか?
天にいまします父なる神が、貴女にそれを託したのでしょう?
そして、貴女もそのラッパを吹き鳴らすことが何よりも望みだ。
なら、吹き鳴らしてしまえばいいのでは?
この世界など引き替えにして、さっさと吹き鳴らしてしまっては?」
「まるであなたこそがこのラッパの音を聞きたいみたいね。このラッパがもたらす終末を見たいかのよう。
あなたはこの教会でのつつましい奉仕活動に満足しているものだと思っていたけれど」
私は彼女とは違う。私には何の才能もなく、大それた望みももう無い。
だから、
私は、
この世界に、
満足、
しなければならない、
のだ。




