オンチなハープ弾きと森の歌声
初の童話で、まだまだつたないですがよろしければ見ていってください。
ここは逆さ虹がかかる森。
歌うことが大好きなコマドリは、いつもドングリ池の傍で歌を歌います。
雨の日でブルーな時も。
風の強い日でゆううつな時だって。
歌を歌へば明るくなれる。
いつだって楽しい歌を響かせて、森中を明るくしてくれます。
チルチルピピピ
今日も朝からコマドリは歌声を響かせていました。
ドングリ池の傍で歌を歌っている時でした。
池の傍の茂みがガサリと小さく揺れました。
思わず歌を止めたコマドリは、揺れた茂みの方へと目をやります。
茂みの中から現れたのは、少し古ぼけた小さなハープを持った青年でした。
青年はしばらくあたりを見渡した後、ドングリ池の傍で腰を下ろします。
手に持ったハープをかまえると、一つ一つ音を確かめるように弾き始めました。
澄んだ音色は森中を駆け巡り、コマドリもその音に聞きほれました。
しばらく美しいハープの音色だけが森を満たしていました。
青年は一つ深呼吸をすると、思い切って声を響かせます。
するとなんということでしょう。
美しい音色に調子外れの歌声が不協和音を奏でます。
あまりのひどさに森中がびっくりしました。
コマドリも思わず木から落ちそうになりました。
聞くに堪えないそのひどい歌声にコマドリは待ったをかけます。
「うわっ!何だこの鳥は!!」
青年の前へと飛び出したコマドリは、しばらく周りを飛んだあと青年の肩へと止まります。
「お兄さん、ハープはとっても上手なのに歌がヘッタクソだね~」
「失礼なコマドリだな!」
コマドリの辛辣な言葉に青年はびっくりです。
「ピピピ、お兄さん。ハープが上手いんだから、ハープ一本でいけばいいじゃないか。」
「それじゃダメなんだ。」
コマドリの言葉に困ったように否定をした青年は、逡巡したのち話を切り出しました。
「……僕の夢は憧れの楽団で歌手になることなんだ。」
「オンチなのに?」
「う゛…。う、歌うことが好きなんだ!別にいいだろ!!」
「いいんじゃない?」
「…え!?」
何気なく肯定された言葉に青年は驚きました。
いつもは自分の夢を語ると、否定の言葉しか聞くことはありませんでした。
好きなものを否定されるのは悲しいものです。
その何気ない言葉に、青年は驚きと嬉しさがこみ上げてきました。
「別にオンチが歌手を目指しちゃいけない決まりなんてないさ。」
「そ、そうだよね!」
「オンチが歌っちゃいけない決まりもないよ。」
「!!…じゃあ、僕の憧れてる楽団が今度オーディションをするんだけど、歌手として受かるかな!?」
「いや、今の君には無理だよ。」
「うぐっ…。」
バッサリと切り捨てられた言葉に青年は肩を落とします。
青年もさすがに無謀だということは分かっていました。
それでも優しい言葉が返ってくるかなと思っていたら、コマドリは意外と厳しかったようです。
青年はしょんぼりと肩を落とします。
哀愁漂う青年の肩に止まりながら、コマドリはちょっと言い過ぎたかなと戸惑いました。
「…しょうがないな、歌の練習を手伝ってあげるよ。」
「えっ?」
「これでも私はこの森一番の歌い手だからね!君の練習に付き合ってあげる!」
「あ、ありがとう!」
こうして青年とコマドリとの歌の練習が始まりました。
今日もドングリ池の傍で、青年とコマドリは歌の練習です。
初めは聞くに堪えないほどのオンチでした。
それでも毎日毎日青年はコマドリのもとへと通います。
初めは歌い方さえなっていませんでした。
それでも青年はコマドリに教わりながら練習を頑張ります。
時々コマドリの怒鳴り声が響いたこともありました。
青年の泣き言が聞こえてくることもありました。
それでも歌うことの好きな一人と一匹は練習を頑張ります。
たくさん、たくさん、歌います。
いっぱい、いっぱい、練習します。
少しづつ改善されていく歌は時々調子外れな音が響くけれど、一人と一匹の楽しそうな歌は森中を響かせます。
最初は耳をおおっていた他の動物たちも、コマドリと青年の楽しそうな歌声に耳を傾けます。
いつしか一人と一匹の歌は、動物たちの楽しみになりました。
たくさんの練習を経て、いよいよオーディションが間近に迫ります。
「時々音を外すことはあるけど、初めの頃より大分マシになったね。」
「そうかな…へへへっ!」
「……いよいよだね。」
コマドリに褒められて、嬉しそうに青年ははにかみます。
そんな青年の顔を見てコマドリは少し寂しさがこみ上げます。
いつの間にか青年との歌の時間は、コマドリにとって待ち遠しい時間となっていたのです。
いつまでも続けばいいなと思っていても、終わりは何時かはやってきます。
青年との時間も今回が最後です。
「うん。君にはたくさんお世話になったね。君との練習は厳しかったけれど……とっても厳しかったけれど、それでもこんな僕を見捨てず教えてくれたから人に耳を塞がれない程度には上手くなったよ。君のおかげだ、ありがとう。」
「そんなことないさ。君が頑張ったおかげさ。」
「……受かるかな?」
「自信を持ちなよ!受かるものも受からなくなるよ!」
「そうだね。」
不安そうな顔の青年にコマドリは叱ります。
「…君なら大丈夫。森一番の歌い手である私が保証するんだから大丈夫だよ!」
コマドリは自信満々に胸を張って宣言します。
普段の辛口な言葉とは違う言葉に青年はびっくりしました。
思わず胸を張るコマドリを見つめます。
自信満々に胸を張る姿に、真っ直ぐ青年を見つめる瞳に青年は嬉しさがこみ上げてきました。
歌が上手くなったと言っても、それは人に聞かせられるレベルでという言葉が付くほどです。
決して聞きほれるほど上手いというわけではありません。
それでもコマドリは青年の不安を払おうと言ってくれた言葉でした。
その言葉に、青年は嬉しくて思わず吹き出してしまいました。
「ぷはっははっ……うん、君が言うなら大丈夫だ。」
笑い出す青年に、初めは不思議がっていたコマドリもついにはつられて笑います。
「コマドリ、ありがとう。」
「…頑張りな。」
「うん!」
こうして青年は楽団のオーディションへと向かいました。
コマドリはそんな青年を見送ります。
寂しいそうなコマドリに森の動物たちは心配そうに見守ります。
あまりに寂しそうなコマドリに森の仲間たちの一匹が提案します。
「ドングリ池に青年とずっとそばに居られるようにお願いしてみてはどうかい?」
しばし悩むコマドリは、しかし首を横に振ります。
「それは止めておくよ。」
「どうして?」
「彼は私と同じで歌うことが大好きなんだ。そんな彼の夢を私は応援したいんだ。」
少し寂しそうに、それでもきっぱりと言い切ります。
コマドリの言葉に意志は固いことを知ります。
動物たちはもう一人と一匹の歌が聞けなくなることを寂しく思うも、彼らのことを見守ることにしました。
そして青年は、それから森へ来ることはなくなりました。
今日もコマドリはドングリ池へと向かいます。
いつものように朝の歌を歌おうとしてやめてしまいました。
気分が暗い時だって、歌を歌へば明るくなれる。
いつもそうして森を明るくしてくれたコマドリが、歌も歌わず悲しそうにしています。
青年との別れは、コマドリにとってとても悲しいものだったようです。
あまりにしょんぼりするコマドリを森の動物たちは心配します。
コマドリは歌うことをやめてしまったのです。
もうコマドリは歌を歌わないのかと皆が心配します。
コマドリを励まそうとした動物もいました。
それでもコマドリはしょんぼりと歌を歌うことはありませんでした。
森中を明るくしてくれていた歌声はやみ、暗い雰囲気が漂います。
森から明るい歌声が消えて、ひと月が経った頃。
コマドリはいつものようにドングリ池へと行っては、寂しそうに青年のことを考えていました。
すると、傍の茂みががさりと音を立てました。
びっくりして音のした方を向きます。
そこに立っていたのは、ひと月前にオーディションへ行った青年でした。
「え!?」
「へへっ、戻って来ちゃった。」
「オーディションは!?」
「受かったよ。」
「でも、ならどうしてここに?」
あっけらかんと言う言葉にコマドリは驚きます。
会えた嬉しさよりも何故という疑問が頭を占めます。
「気づいたんだ。」
「何をだい?」
「憧れの楽団には入れても、友達と一緒に歌えないのは寂しいってことに。」
青年の言葉にコマドリはびっくりしました。
コマドリも同じ気持ちだったからです。
「ねえ、また一緒に歌おう?」
満面の笑顔で言う青年の言葉に、コマドリも笑顔で答えます。
「うん!」
ここは逆さ虹のかかる森。
歌うことが大好きなコマドリは、今日もドングリ池の傍で歌います。
止まり木の下には、美しいハープの音色を響かせて青年が寄りかかっています。
ちょっと調子外れの歌声が、コマドリとデュエットするのはいつものこと。
楽しい歌を響かせて、今日も一人と一匹の歌は森中を明るくしてくれるのです。