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指輪を手に取って見ると、リングの部分は金だった。


すでに婚約指輪は貰っているけど、今はつけていない。


まだ学生だから、袋に入れて持ち歩いている。


だから左手の薬指は何もつけていないんだけど…。


「やっぱり、左手の薬指?」


ちょっと困って彼を見上げる。


先生はふっと笑って、わたしの手を取り、指輪も取った。


そして迷わず左手の薬指にはめてくれる。


15年前、わたしが彼の左手の薬指にタンポポの花をつけたように…。


「…キレイね」


「本当は本物の方が良かったんですけど、さすがに今の季節では難しいですからね。これなら未来永劫、見続けられるでしょう?」


「うん…。ありがとう」


こう言ってはなんだけど、あの時のタンポポよりキレイに見える。


「もしかして今日の用事って…」


「ええ、注文していたのを取りに行ったんですよ。早くお嬢様にお渡ししたくて、急いでいたんです」


「そう…なんだ」


滅多にわたしから離れないから、何事かとちょっと心配もしていた。


でも彼がわたし以外のことに夢中になるはずも、熱中するはずもなかったのに…。


「ねぇ、先生」


「何ですか?」


「先生から見て、今のわたしってやっぱり情緒不安定?」


「そう…ですね」


先生は苦笑し、言い辛そうに続ける。


「最近、あまり笑ってはくださらないことは気になっていました。素っ気無くなったかと思いきや、突如甘えてくることの差が激しいですし」


「うん…」


「しかし相談してくださらないところを見ると、女性特有の悩みかと思いまして、口を出さないできました。…やはり結婚のことですか?」


「ん~。わたしの心構えがちゃんとまだ整っていないだけ。時間が経てば、大丈夫でしょう」


そう言いつつ、彼に抱きついた。


お風呂上りの彼の肌に、頬を擦り付ける。


…やっぱり甘えたがっているのかもしれない。


心が不安になっているから、こうやって彼に癒やしと救いを求めているのかも。


「わたし、先生のことが大好きよ。愛してる」


だけど伝えなきゃいけないことは分かっている。


心から言っている言葉だからこそ、先生も嬉しそうに微笑んでくれる。


「はい、知っていますよ。私も希姫お嬢様のことを愛していますから」


「うん…!」


心が浮き立つやり取り。この気持ちにウソ偽りは一切ないと言える。


「でも…結婚したら、何か変わっちゃう気がして…。もちろん、生活が変わらないことは分かっているのよ? でも何かが変わっちゃいそうで、それが怖いのかな?」


自分の心のことなのに、告白と言うより問い掛けになっているのだからおかしい。


「そうですね…。でもそれは、おかしくなんてありませんよ?」


優しく頭を撫でてくれる先生の仕種は、15年間、全く変わらない。


「例え今まで通りの生活が変わらなくとも、やはり変わるものは変わってしまいますから。それを無意識に感じ取って、恐ろしく感じても、何にもおかしくなんてありません」


「そう言う先生も、怖いの?」


「いえ、私は特には。私にはお嬢様が側にいれば、恐れるものなどありませんから」


…相変わらず赤面することをハッキリ告げる人だな。


でもこういうところが好き。


「じゃあ先生の恐れるものって何?」


尋ねると、先生はちょっと泣きそうな笑みを浮かべた。


「…お嬢様が、離れていってしまうことですかね」


「わたしが? 先生から?」


意外過ぎる言葉に、思わず眼を丸くしてしまう。


骨の髄にまでこの人が染み込んだわたしが、離れることなどありはしない。


想像すらできないし、今まで考えたことすらない。


「幼い頃から徹底的にわたしをしつけてきたクセに、今更何を言っているのよ?」


「それが怖いんですよ。いくらしつけてきたとは言え、心は成長するものでしょう? 何時まで私はお嬢様の側にいることを許されるのか、不安でならないのです」


何をバカな…とは言えなかった。


先生のこんなに切なそうな表情を見るのは、はじめてだったから。


「わたしに言い寄ってくる男は、みんな遠ざけてきたくせに?」


「お嬢様に相応しくない男は排除しますよ? 貴女の為にもなりませんから」


そこはアッサリしているのね…。


「その不安って何時からあったの?」


「お嬢様と婚約してからです。ずっと不安でしたよ」


なら結婚が正式に決まった今は、その不安はないはずだ。…先生は。


代わりにわたしが不安になっているのだから、しょーもない。


「でも結婚が決まった途端、お嬢様は不安定になってしまいましたしね」


「えっ延期はしないわよ? ちゃんと予定通りに行うから」


結婚が決まって、喜んでいるのは彼だと分かっている。


15年も待たされたのだ。


コレ以上、引き伸ばすのはさすがにかわいそうだ。


「それは嬉しいのですが…式や披露宴は延期しても構いませんよ? 籍さえ済ませていただければ、私の不安は解消されるのですから」


「そっそうもいかないでしょう? わたし達はそういうのが許されない家に生まれてきたんだから」


お互い、立場と権力を持つ家に生まれた。


入籍だけ先に済ませ、式や披露宴は数年後なんて真似は余計な勘繰りをされてしまう。


…こういう時、ちょっと実家が疎ましく思ってしまう。


でも何でもかんでも自分の思い通りにいかないことが、わたしに常識を教えてくれたりもする。


バカにはなりたくない。


それは今までわたしを育ててくれた先生の顔に、ドロをぬるのと同じことだから…。


「本当はもっと短期間で決められれば良かったんだけどね。一年も猶予があると、気持ちも延びちゃうのかも?」


わたしは作り笑顔で、明るく言った。


「そう…ですね。それに高校卒業の件もありますから、いろいろと忙しくなっていますしね」


「うんうん。だからずっと側にいて、わたしを支えてね?」


わたしは先生の首に腕を回し、抱きついた。


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