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口を尖らせながら言うと、先生はわたしの隣に座った。
「デザインが気に入らないのなら、違うところに頼みましょう。何もムリにここで決めることはないんですから」
「うん…」
先生はそう言ってくれるけど、何か…どんなにデザイン画を見たところで、あんまり嬉しくないかも?
「お嬢様? 何かあったんですか?」
「…う~ん」
わたしは唸りながら、隣の先生に視線を向けた。
「先生は、さ。もうわたしと結婚して良いと思っているの? と言うか、心構えはできたの?」
「ええ、もちろん。15年も時間がありましたからね」
「そのことをイヤだとか、迷ったり悩んだりしたことは?」
「全くありませんね」
…断言したよ、この人。
幼稚園児に対して、この真摯さはちょっと重い。
「…ちなみに何でわたしのプロポーズ受けたの? 前から婚約の話があったの、ご両親から聞いてたの?」
「確かにお嬢様が生まれた時に、そういう話もありましたけどね」
先生は18年前を思い出したように、メガネを指で押し上げた。
…険しい表情で。
「ふざけた話だと思ったんじゃない?」
「そりゃあもう。まだ生まれたばかりの貴女を婚約者だと言われても、夢物語にしか思えませんでしたしね」
「…なら何でその3年後には、その意見をくつがえしたのよ?」
「お嬢様があんまりにも愛らしかったからです」
臆面もなく言ったよ、この人。
「私もまさか、3歳の少女にプロポーズされるとは思いませんでした」
「そっそれはホラ、当時はそういうのに憧れていたって言うか…」
思い出させないでほしい…。
「分かりますよ。女の子なら、一度は夢見ることでしょう」
「なら何で本気にしたのよ?」
「婚約破棄なら、いつでもできると思ったからです」
「…はい?」
何か今、とんでもなく冷たい言葉を聞いたような気がする。
いや、ヒドイ言葉だ!
「ああ、誤解されるとイヤですから先に言っておきますが、お嬢様の方から言い出すと思っていたんですよ」
「わたしから!?」
「ええ。夢はいつか覚めるものですからね。お嬢様が飽きられたら、いつでも婚約は解消するつもりでした」
そう言って先生は苦笑して見せる。
「しかしその後、一度もそういうことを言い出すどころか、態度にも出さなかったので結婚を進めていたのですが…もしや迷いが出てきました?」
「うっ…」
でも言われてみれば、そうだ。
婚約を解消することなんて、いつでも言い出せた。
でもわたしはそんなこと、言われるまで気付きもしなかった。
それどころかずっと先生一筋で…他に眼がいかなかったりもした。
結婚することもいつの間にか当然のように感じてしまったのかもしれない。
「お嬢様が迷っているなら、延期しても構いませんよ?」
「でも…ここまで準備を進めてきたのに」
「しかし心が追いついていないのならば、ムリにする必要はありません。大学を卒業してからでも、充分なんですから」
…でも、そうなると先生は37歳…。
さすがにそれは先生が可哀そうになってくる。
「いっ良いわよ。十八で結婚なんて、良いじゃない!」
「お嬢様、ムリなさらくても…」
「ムリじゃないわよ!」
意地にはなっているけど…シクシク。
こうなったら自分で分かっていても止められない。
先生が困り顔になっていても、もうムリ。
わたしは先生のメガネを奪い取り、勢い良くキスをした。
「んっ!? お嬢様っ…」
そのまま肩を掴んで、ベッドに押し倒した。
そして昂った気持ちのまま、先生の唇を貪る。
「んっ…。良いじゃない。わたしは先生のモノだし、先生はわたしのモノでしょう?」
そう言いつつ、先生の服を脱がしていく。
「いけないお嬢様ですね。そういうことは教えてはいないつもりですが?」
「つもり、でしょう? 流れ的には骨身に染みるほど教えられた気がするわよ」
「そうでしたか?」
「ええ、自然と体が反応するほどにね」
先生の腹に馬乗りになりながら、わたしは先生をじっと見た。
メガネを取って、髪形を崩せばまあ20代後半には見られるな。
先生を知っている人からは、羨ましがられているし、わたしは幸福なんだ。
好きな人と結ばれることは幸せ―。
それこそ骨身に染みている。
そして魂にも。
わたしは唇に笑みを浮かべながら、先生の唇に近付いた。
先生は決してわたしを拒まない。
否定もしない。
甘やかして、可愛がって、しつけて。
そうして自分から離れないように、幼い頃からしつけているんだから、やっぱり先生には敵わない。
そしてそんな風にしてしまったのもまた、わたしの責任とも言えるんだろうな。
「…とは言え、ウエディングドレスの試着までしといて、何でこう気分は沈み気味なのかしら?」
「希姫お嬢、それも気に入らないのか?」
「義兄さん、ううん…そうじゃなくて」
今日は学校が休みの日。
わたしはカタログからいくつか選んで取り寄せたウエディングドレスの試着をしていた。
先生はちょっと用事があっていないものの、先生の兄が代わりに付き合ってくれていた。
まあそもそも、結婚式で着る衣装や使う道具は彼の会社から取り寄せるものが多いので、仕事がてらのお付き合いだった。
「何だ何だ? マリッジブルーか?」
先生とは対照的に、明るく社交的な義兄は、本当の兄のように親しみやすかった。
「んっん~。なのかなぁ? 最近、先生とこのまま結婚して良いのか、迷ってきててさ」
「じゃあ延期すれば?」
…さすが兄弟、タイプは違っても考えることは同じだ。
「…そんなに簡単にいかないでしょ? それに結婚すること自体に、不満はないの!」
「じゃあアイツに不満があるのか? …まあ分からなくもないがな」
そう言ってわたしが座っているソファーの向かいに座った。