表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

アメとムチを使い分けるのは、将来の旦那さま?

「うっう~ん」


「後5分ですよ、希姫きひめお嬢様」


「ううっ…」


最後の一問がどうしても解らない!


そもそも数学って苦手なのよねぇ。


覚えなきゃいけないことはたくさんあるのに、問題に出るのはほんの少し。


覚えきれないってーの!


プリントを睨み付けるも、解き方はいっこうに浮かばない。


「ちなみに解答欄を一つでも空白で提出した場合、お仕置きですからね」


「ひぃっ!」


その言葉に、思わず背筋が伸びる。


「かっ書きます書きます!」


シャープペンを改めて握り、必死に記憶を手繰り寄せる。


唸りながらも、残りの僅かな時間でなんとか空欄は埋めた。


「―はい、終了です」


「なっ何とか終わったわ」


ぜぇぜぇ息を切らしながら、プリントを差し出す。


33歳になる彼は、神経質そうにメガネを指で上げた。


そして赤ペンを取り、プリントを机に置いて、恐るべきスピードで採点する。


結果、86点。


「あうぅ…」


「まあまあですかね。本当は90点台が好ましいのですが」


やっぱり最後の一問に、大きな×が付いている。


ここで点数を削られたと言っても過言じゃない。


「お嬢様、方程式の使い方が不器用ですね。解き方が美しくありません」


「…悪かったわね。ブサイクな解き方で」


コレでも必死に思い出しながらやったのだ。


わたしとしては、自分を褒めてあげたいぐらいの高得点。


「しかし拗ねている場合ではありませんよ? 結婚式まで、一年を切っているんですから」


わたしの耳元で低く囁き、先生の手がわたしの肩に回された。


「わっ分かっているわよ!」


赤くなる顔を俯いて隠し、わたしは彼の魔の手から逃げた。


「首席卒業までとはいきませんが、せめて成績優秀者として卒業してくださいね。あなたは私の妻になるんですから」


「…分かっているわよ」


「では間違えたところの復習をしましょうか。ノートを開いてください」


…幻聴だろうか? 


『復習』が『復讐』の意味に聞こえるのは。



「はぁい」


しかし考えてもなんなので、深くため息を吐きながら、わたしはノートを開いた。


先生とわたしの結婚まで、あと数ヶ月―。


何でこんなことになったのだろうと、今更ながら思う。


…まあ自業自得なんだけどさ。 


思い起こすこと15年前の春。


わたしはまだ当時、3歳の少女だった。


ウチの家はいわゆる資産家で、金と権力と地位を持つ家系だった。


家も大きな洋館で、メイドや執事などの使用人も合計30人はいる。


小さな頃から、パーティーやお茶会に呼ばれ、または呼んでいたので、大人相手でも怖気づくことなく、接していた。


…それが災いしたんだろうな。


3歳の春の日、ウチの両親が家に先生の家族を招いていた。


わたしの両親と、先生の両親は古い知り合いで、昔から良く家に遊びに来ていた。


そうしてわたしと先生は出会った。


あの日は大人達が話題で盛り上がり、わたしと当時18歳の先生は、中庭で遊んでいた。


庭は庭師が丁寧に手入れされていたけれど、タンポポなどの花も咲いていた。


わたしは先生に花冠の作り方や、植物についていろいろ教えてもらっていた。


「スゴイねぇ! おにいちゃん、先生みたい」


物知りな先生を、わたしは本当の先生のように慕った。


「そうですか?」


「うん! お花の冠も、上手にできたし」


白詰草で編んだ冠は、ちょっと形は崩れていたけど、何とか編めていた。


「それは希姫お嬢様が器用だからですよ」


そう言って優しく微笑むと、わたしの手から花冠を取って、頭の上にそっと置いてくれた。


「どう? お姫さまみたい?」


「ええ、可愛らしいですよ」


その時、あんまりに優しく微笑むから…わたしの胸は高鳴ってしまった。


わたしはテレを隠すように背を向けた。


先生は当時からメガネをかけていて、キレイな黒髪をしていた。


一見は冷たそうな文学青年っぽかったけれど、わたしにはとても優しかった。


…同時は(遠い目)。


視線を動かした先に、黄色いタンポポが目に映った。


わたしはキレイに咲いているタンポポを一本摘んだ。


そして良いこと…本当はとんでもないことを思いつき、笑顔で振り返った。


「ねぇ、おにいちゃん」


「何ですか?」


「左手、出して」


「良いですよ」


先生は笑顔で左手を差し出してくれた。


わたしは自分よりも大きな手を取って、先生の薬指に、タンポポを巻きつけた。


「コレは…」


「えへへ。結婚指輪♪」


わたしは顔を真っ赤にしながら、微笑んだ。


「おにいちゃん、将来わたしと結婚して!」


ゴブッ★(心の吐血)


おっ思い出しただけでも、ダメージがっ!


心臓と頭が変な動きをする。


先生はキョトンとし、薬指に巻きつけられたタンポポとわたしを交互に見た。


そして次の瞬間、笑顔で言われた一言は、今の人生を狂わせた。


「ええ、いいですよ。希姫お嬢様が18になりましたら、結婚しましょう」


「ホント!? 嬉しい!」


わたしはすっかり舞い上がって、先生に抱きついた。


先生は優しく抱きとめてくれた。


「ええ、本当です。私は希姫お嬢様に嘘はつきませんよ」


「うん! じゃあ絶対の約束よ?」


「分かりました。ちなみに希姫お嬢様は、タンポポの花言葉を知っていますか?」


「ううん」


わたしは素直に首を横に振った。


「タンポポの花言葉は、『真心の愛』と言うんですよ。お嬢様の愛、確かに受け取りました」


そう言ってタンポポに口付けた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ