8:ストレートに投げつける。
「元気無くね?」
突然そう言われて、肩が飛び上がった。
「え? どこが?」
満面の笑みを浮かべながら答えてしまうあたしは、鉄の仮面でもかぶってんじゃなかろうか。すっごい笑ってる鉄仮面。
「いつも楽しそうにしてんじゃん。今日は大人しい」
にやりと笑う彼の顔がいつもよりずっと近い位置にある。それにどぎまぎしながら、「そうかな。アハハ」とやり過ごす。
岡島君とほーちゃんとあたしと智美。あと男子が二人の計六人でカラオケにやって来た。
順々に席に座っていったら、あたしはほーちゃんの隣だった。いつもより縮まる距離感が、嬉しくって恥ずかしい。
「ほーちゃんこそ、今日はなんかいつもより大人しくない?」
ほーちゃんとカラオケに来たのは二回目だ。始業式の日に、親睦会と称して十五人くらいで集まってカラオケに行ったのが一回目。
その時のほーちゃんは、今日みたいに席に座ってコーラを飲みながら、歌ったりしゃべったりしていた。あの時とあんまり変わらないけれど、なんとなく、ぼーっとする回数が多い気がしたのだ。
「俺? あーまあ……」
照れくさそうにクシャクシャの黒髪を掻く。
「なんかあったんだ?」
たぶん、あたしはニマニマと嫌らしいかんじで笑っていると思う。
顔と思ってることが全然違う。あたしは、裏表がある人間なのだ。真意を悟られたくない。自分の本音の部分を誰にも知られたくない。ガードが異様に固いのかもしれない。
「竹永、ってさ」
「……郁ちゃん?」
「いや、いいや。聞かなかったことにして」
頭の後ろを鉛のような重いもので軽く何度も叩かれるような、鈍痛がじわじわと忍び寄ってくる。体中がしびれて、指の先端だけが妙に冷たい。
「今日の昼休み、逢引してたでしょ」
「逢引ってなんだよ」
冗談交じりに出てくる言葉に、ほーちゃんは半笑いで答える。
本当は涙が出そうなのに、口からはお軽い言葉しか出てこない。あたし、すっごい女優じゃん。
「郁ちゃんのあと、追ってくの、見たよ」
「まじ? うわあ……恥ずかしいな」
「郁ちゃんのこと、気にしてるよね」
「大川さん、直球だな」
自分でもびっくりした。こんなスーパーストレートに聞いちゃうなんて。だけどさ、こんなこと、オブラートに包んでなんか聞けるわけないじゃない。
他人の色恋沙汰に食いついてからかう、ワイドショー大好きな人みたいに、あたしの口調は軽快でいやらしい。
そういう人間を演じる。どうして演じてしまうか、わからないけど。
「ねえ、どうなの?」
「まあ、気にならないって言ったら、嘘になるよな」
「好きってこと?」
「おいおい、ど真ん中すぎて、俺、打ち返せねえよ」
目をまん丸にして困っている。ずいっと迫るあたしの迫力にたじたじになってしまっているのがわかる。
「郁ちゃんって、不安定なかんじだよね」
咲こうとしていた花が、太陽の光を浴びることが出来ずにしおれていくみたい。あたしの心の雑草みたいなしょぼい花は咲くことも知らずに、どんどんどんどん下を向いていく。
「あたし、不安になる。あの子見てると」
「でも、すんげえ目力あるぞ」
「なにそれ? マスカラでボリュームアップ?」
「違う違う。なんつーか、目に力がある。不安定っていうよりは、くすぶってるかんじだな」
「郁ちゃんのこと、よく見てるんだねえ」
あたしのからかい口調に、またほーちゃんは苦笑して、どさりとソファーに寄りかかった。
「何持ってるかわかんねえよな、あいつ。魔球でも投げつけてきそう」
「あたしは直球投げるよ」
「先発投手と抑えの投手みたいだな。相性いいんじゃねえの? 大川さんと竹永」
あたしと郁ちゃんが相性良くってもさあ……女同士だし。
こうやって隣同士に座ったって、心の距離は縮まらない。逆に、遠く遠く、離れていく。
心を知れば知るほど、その距離の感覚が明確にわかる。
あたしとほーちゃんは、とても遠い。たぶん、ほーちゃんにとって、あたしはただのクラスメイトでしかないんだ。
***
「ほーとけっこう仲良さそうにしゃべったな」
カラオケの帰り。最悪なことに、あたしの隣をなぜか岡島君が歩いている。
向こう行けっ!って手をぶんぶん振り回したいけど、ほーちゃんがいる前でそんなまねは出来ない。
「仲良さそうにしゃべってたって、良好なお話をしていたわけではありませんので」
わざとお堅い口調で答える。
「なんだよ? まさか俺の悪口とか?! ショックだー」
「そうだよ、岡島君の悪口。足臭い。まじ最悪って、話してた」
「まじ!? 俺、足臭いのか?」
足の裏の匂いをかごうと足首をつかんで、顔を近づけている。その間もあたしは歩き続けているから、ケンケンしながらついてくる。片足で歩く奇妙な妖怪みたいだ……。
「俺がモテねえのは、足が臭いからなのか……」
落ち込んでるし。面白いから放っておこうかと思ったけど、ちょっとかわいそうかな。
「嘘だよ」
「だよなあ。俺の体臭は薔薇の香りだし」
「キモイよ、それ」
ほんと、ノリだけはいいんだよな、こいつ。
「もしかしてさあ、岡島君って、郁ちゃんのことが好きなんじゃない?」
「は?」
あたしとほーちゃんが仲良くなるように仕向けようとしてるかんじがする。
ほーちゃんが郁ちゃんのこと気に入ってるから、あたしとほーちゃんが上手くいけばいいと思って、たきつけてるんじゃないの?
「だとしたら、辛いよねえ」
「……確かにな」
急にむっつりとした顔になって、岡島君はあたしより数歩後ろに下がってしまった。
言い当てられて、怒ったかな。
「ごめん」
「いや、別に」
恋って、なかなか思い通りにはいかない。両思いって、すっごい希少価値だよ。