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空を歩く。  作者: きよこ
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7:言い聞かせても。

 窓際の席っていうのは、現実逃避に向いている。

 どこまでも高い空を眺めていたら、どんどん思考はそっちに吸い寄せられて、授業の内容なんて頭に入らなくなる。


 真っ白な雲がほわんほわんと空を泳いでる。

 あの雲に乗りたい。

 きっとふわふわの毛布みたいで、寝転がったらそのまま夢の世界に落ちてしまうに違いない。


 現実の雲なんて、上に乗ることが出来るわけもないし、中に入ったら霧みたいなモヤモヤがあるだけなんだ。

 理想と現実は程遠い。……妄想と現実は程遠い、のが正しいのかな。


「ほー、今日、カラオケ行かね?」


 授業中だというのに、隣の岡島君はでかい声でほーちゃんに話しかけた。少し居眠りをしかけていたほーちゃんは垂れ下がった頭をビクリと震わせて、顔を上げる。


「別にいいけど……」


 目が半分しか開いてない。居眠りしかけてたんじゃなく、本気で寝てたっぽい。


「大川も行くだろ?」

「え? あたし?」


 にたついた口元が、その意図を暗示させる。


「行ってもいいけど……あ、郁ちゃんはどう? 郁ちゃんも行く?」


 シャーペンを握りしめたまま頬杖をついてうつむいている郁ちゃんに話しかけると、びくりと体を震わせた。

 ……どうやら郁ちゃんも寝てたらしい。


「何?」

「カラオケ行こうって話」

「あたしはいいや。今日、行くところあるから」


 自分で誘っておきながら、内心ほっとする。

 突発的に郁ちゃんを誘ってしまった。けど、本当は来てほしくないって思ってる。

 ほーちゃんと郁ちゃんの距離を縮めるような真似をわざわざする必要なんて無い。

 なのに、なんであたしは誘ってしまったんだろう。


 夕焼けの教室で空を眺めていた郁ちゃんの姿を思い出す。重なる、ほーちゃんの姿。

 あの時、ほーちゃんを放っておけないと思った。それと同じように郁ちゃんのことも放っておけないって思ってる。


 お人好し。馬鹿みたい。

 相手を出し抜くことが出来る女が、恋愛にだって勝てるんだ。

 でも、あたしにはそういうまねが出来ない。そういう女には、一生なれない気がする。


 なれなくてもいい。でも、ならないとだめなんだとも思う。



 ***



「晴れてるねえ」


 智美がぽつりと呟いたから、あたしの目線は空に行く。

 真っ白の光線を飛ばして、光と熱を放射する太陽。まぶしくて目を細めて、手に持ったアンパンを空にかざした。


「太陽と同じ形」

「あほか」


 昼休みのひととき。あたしの机を中心に机を六卓寄せる。

 二年の時同じクラスだった友達を中心に、あたしは六人グループの一人に納まった。とは言っても、うちのクラスははっきりとしたグループに分かれていない。

 女の子はグループに分かれたがるものだけど、どうやら大らかで人見知りしない気質の女子が集まったらしい。


 自分の机を動かしていたら、ふと目の端に郁ちゃんの後姿が映った。

 カフェオレの紙パック片手に、カバンを肩にかけて教室を出て行く。ドアに手をついたその一瞬。


 その瞳が、一点に注がれた。


 机の上に座り、岡島君と談笑しているほーちゃんへと。何かを訴えるような鋭い視線を投げかけて、すっといなくなった。


 あの目線を。

 ほーちゃんは気付いただろうか。


 喉が押されるように痛くなる。郁ちゃんの長いさらさらの髪が揺れて、二重まぶたの形のいい瞳が脳裏に焼き付けられる。

 ほーちゃんへと何かを伝えようとする、あの目。胸騒ぎを覚える、強くて儚い目。


 机に座っていたほーちゃんは動きを止めて、郁ちゃんがいなくなった教室のドアの方をじっと見ていた。


 郁ちゃんのあの視線に、彼は気付いたのだ。


 岡島君の肩をトンと叩いて、立ち上がる。ポケットに手を突っ込み、郁ちゃんの机をちらりと見る。

 いつも穏やかなほーちゃんの顔が、やけに真剣だった。


「ちょっと、飲み物買ってくるわ」


 そう言って、ほーちゃんは軽い足取りで教室を出て行ってしまった。


 教室の喧騒が遠くなる。世界がたわんで歪んで、ぐにゃりと崩壊する。

 喉が熱い。目の奥に圧迫感を感じる。


 ガラガラとあたしの中で何かが崩れていく音がした。



「トイレ、行って来るね」

「うん」

「大の方だから、しばらく戻らない。先に食べてて」

「女の子がそういうことはっきり言わないのー!」


 智美の声に笑いながら「嘘だよ」とウィンクして、ゆっくりと歩く。


 智美にも他の子にもばれたくない。泣きそうになってることを悟られたくない。

 足元がふわふわと浮つく。

 まるで、雲の上を歩くように。

 確かな足場の無い場所でふらふらと歩いているような心許ない感触。自分の体が、自分のものじゃないようで、気持ち悪い。

 でも、平然としてる自分を取り繕って、しっかり歩いてるふりをする。


 教室を出てすぐにあるトイレに入り、個室に駆け込んだ。その途端に溢れ出す。


 気持ちとか、嗚咽とか、涙とか。

 ぐちゃぐちゃなものがぐちゃぐちゃになって体中から悲鳴をあげる。でも、すべてかみ殺して、押し込んで、つぶして。


 なんでもない、なんでもない、こんなことと、言い聞かせる。


 あたし、何してるんだろう。何もしないまま、何も出来ないまま。ぼんやりと好きな人が別の誰かとくっつくのを見ているのだろうか。


 呪文のように繰り返す。


 なんでもない、たいしたことない、大丈夫。あたしなら、大丈夫。大丈夫。


 こんなの、どうってことない。




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