6:似ているらしい。
太陽はすっかり姿を隠し、夜の闇が迫ってきていた。
見上げる夜空には星が光って見える。明日は晴れるだろう。
そう思って、なぜかため息が出た。
「ほーのやつさ」
いきなりの言葉に、心臓が跳ね上がった。
隣を歩く岡島のバカヤローはつんつんした硬質の髪の毛に手を置いて、国道を走る車を眺めていた。
きっと色を入れてるんだろう、ダークブラウンの髪の毛も、今は夜の闇に紛れて真っ黒に見える。
「あいつ、竹永さんのこと、好きっぽいよな」
「そう?」
わざととぼけた。自分だって、そう思ってるくせに。
「今度聞き出してみようかなと思うんだけど、大川、協力しろよ」
「嫌だよ。人の色恋に首つっこむバカは馬に蹴られて死ぬよ」
「馬なんていねえから」
岡島君の視線が刺さる。顔を上げられず、アスファルトに散らばる小石をずっと眺める。
「大川は好きなやつ、いねえの?」
「はあ?」
思わず顔を上げ、岡島君を見つめる。
身長はほーちゃんと同じくらいだろう。平均より少し高いくらいだ。でも、一五二センチのあたしから見れば、充分背が高いように思える。
「なんとなく、聞いてみた」
「なんとなくで聞かないでよ。そういうの。教えて欲しかったら、岡島君が好きな人がいるかいないか教えてよ」
「いるよ」
あっさりと返事をされて、目玉を引ん剥いてしまった。うそ、と小さく呟いたら、「心外だ」とぼやいて眉間にしわを寄せる。
「誰? あたしが知ってる人?」
「俺は大川の質問に答えたんだから、大川も俺の質問に答えろよ」
そう言われてしまったら、答えないわけにはいかない。逡巡して、足元の小石を蹴りまくる。
「……いる」
「まじ?」
「まじだよ! いるよ! もう! うるさい!」
「俺はうるさくしてねえしー」
男の子とこんな話をしたことがなかった。ほーちゃんが好きになる前、彼氏がいたころは、彼氏の話を女友達にしゃべりまくっていたけど。
男の子にはどうも照れくさくて、話せなかったのだ。
「誰? 俺の知ってるやつ?」
「ほーちゃん」
「え、まじ?」
「まじだよ! 無謀でしょ。わかってるよ。バカ!」
涼しげな一重の瞳をあたしに向けて、岡島君は「そうかー」と感慨深げにつぶやいた。
「岡島君は? あたしにだけ言わせる気?」
「俺? あー。俺、ほんとはいないんだよ」
「え!?」
「大川の好きなやつ、聞き出そうと思って、嘘ついた。悪い」
「悪い」なんて言ってるわりには、ちっとも悪びれていない顔。むっとして背中を思いっきり叩いてやった。国道沿いを走る車の騒音よりも大きな音は、空に向かってバシンと大きく響いた。
「いってえ!」
「ありえない! なんであたしの好きな人を聞きだす必要があるんですか!」
「まあ、なんだ。大川のことを好きな男がいてですね。聞き出してほしいと、頼まれたわけですよ、姫様。どうぞお怒りを静めておくれ」
「そのバカ男に伝えて。馬に蹴られてしまえ」
岡島君は髪の毛をポリポリと掻いて、ふうとため息をついた。
「ほーが好きなのかあ。確かに、無謀」
「そういうの認めちゃうの? 傷つくんですけど」
「いや、大川がどうとかじゃなくてさ。あいつ、しっかりしてるじゃん。大川もしっかりしてるじゃん。だから……」
なんとなく、言わんとしていることはわかった。
要はあたしとほーちゃんが似ているとでも言いたいのだろう。だから、ほーちゃんがあたしに惹かれることはないだろうと。
しっかり芯の通った人だ。
彼が目に留めるのは、彼の手を欲する人。
あたしにだってわかる。『彼を必要として、彼も必要とする人に優しい』とあたしはほーちゃんのことを分析してた。
あたしには、ほーちゃんの手は必要ないのかもしれない。あたしは、郁ちゃんみたいな脆さを持ち合わせていない。
……いや、持ってる。
でも、郁ちゃんの持つ脆さとあたしの脆さは違う。
誰かが手を差し伸べてあげなければいけない脆さが郁ちゃんの脆さなら、あたしの脆さは、自分でどうにかしなければいけないものだ。
だから、あたしにはほーちゃんの手が必要なわけじゃない。
「そんなこと、わかってるもん。岡島君って、デリカシー無いんだね。傷つく。むかつく。馬に蹴られてしまえ」
「悪い。でも、馬、いないから」
***
見上げる空には大きな雲。雲の合間から光が舞い落ちて、梯子のように段々と連なる。
あんな空を歩けたら、きっと気持ちがいいんだろうな。
そんな乙女チックなことを考えながら、頬杖をついて、ぼんやりと呆ける。
後ろから聞こえて来るほーちゃんの笑い声と、ほーちゃんの机に集まった人たちの笑い声が、少しだけ耳障りに思えた。
たまに、あの輪に加わることがある。
バカ話を話す子の話に相槌を打ちながら、茶々を入れたり真剣になったり、クルクルと表情を変える彼。話を聞いていてくれると誰もがわかる彼の仕草や表情。聞き上手だな、と思う。
彼の周りに人が集まるのも、納得なのだ。
そばに行きたい。でも近寄っていくのが、少し怖い。好きなんだとばれたら、もう彼には近寄れない。
友達というポジションを崩したくない。
この恋が実らないことを、あたしは知っているから。